1338話 スケッチ バルト三国+ポーランド 57回

 食べる話 その6 立ち食い

 

 フランス料理店を立ち食いにして、回転率を上げることで、高価なフランス料理を安く提供するというコンセプトで生まれた俺のフレンチを、中国でやりたいと考えた中国人がいたが、開店した当日から立ち食いが拒否され、椅子を用意することになった。

 立ち食いそばを台湾でやりたいと台湾人が考え、日本企業と提携したが、台湾でも立ち食いが拒否され、椅子席となった。この話題は、だいぶ前にテレビ東京の経済番組で放送したものだが、俺のフレンチは日本でも椅子式が普通になり、立ち食いソバも、店舗面積に余裕があるとこでは椅子席に変わっている。新規開店する場合、椅子席が当たり前になっている。だから、「立ち食いソバ」という呼称は、今は現実をあまり映していない。江戸時代にすしやソバの屋台から始まった日本の立ち食いは、21世紀に入ってどんどん減少している。欧米によくある立ち飲みの文化は、日本ではそれほど広まらなかったと思うものの、酒屋で飲む角打ち(かくうち)は微増くらいか。

 リトアニアの首都ビリニュスに、ソビエト時代から続く唯一のレストラン「スルティニエイ」に行ってみた。最初に行ったときは、平日の昼間なのにドアが閉まったままだった。後日、昼過ぎに再挑戦してみたら、やっていた。壁ぎわにテーブルが4台あるが、中央は立ち食いようの背の高いテーブルが並んでいる。立ち飲みの店では、つまみくらいはあっても食事をするわけではない。今の欧米では、ピザやケバブの店はいくらでもあるが、立ったままナイフとフォークで食事をする店ではない。しかし、ここでは立っていても座っていても、同じ料理を同じように食べている。

 私はここでも「リトアニア料理を」と言って、「はい」とツェッペリナイを出された。客のほとんどもこの料理を食べている。さすがに国民食だ。高そうなスーツを着た40代後半の女性が店に入って来て、立ち食いのテーブルで、やはりツェッペリナイをナイフとフォークで食べ始めた。滞在時間5分で食べ終わった。ぷにゅぷにゅの料理だから、食べやすい。

 私が店を出ると。その女性客がすぐ前を歩いていて、そばの高層ビルに入って行った。忙しく働くビジネスパーソンの遅めの昼食だったようだ。

 

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  私はツェペリナイとパンとコンソメスープを注文(セルフサービスだが)。スープがガラスのカップに入っているというのも、西洋料理の常識からはややはずれているのか。カップに入れれば、スプーンは要らないのだが・・・。

 

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 客のほとんどはツェペリナイを食べていた。すいている時間に食事をしたので、立ち席を利用している人はいない店内を撮影した。そのご、ゆっくり食事をしていると、スーツ姿の女性が入って来て、さっそうと立ち席で食事を始めた。

 これが、ソビエト時代の食堂の風景だ。

1337話 スケッチ バルト三国+ポーランド 56回

 食べる話 その5 ツェペリナイ

 

 芸人ヒロシが出演しているテレビ番組、「迷宮グルメ 異郷の駅前食堂」(BS朝日)が好きで、昨年の第1回放送からHDDに録画して見ていて、見終わっても「削除」する気になれず、DVDに録画してすべて残している(再放送が多いので、新規に保存する番組はそう多くはない)。ヒロシが、東欧やアジアの、外国人観光客がほとんどいない地区を歩き、食堂を見つけ、ただ食べるだけという番組で、料理の詳しい説明はない。ただし、ヒロシがトンチンカンなことを言ったときは、字幕で訂正が入る程度の説明はある。

 食レポでおなじみの、ウソ臭いコメントもない。スタジオ収録なし、ゲストなし、CGなし。料理をちょっと口にして、「さて、次の店です」という演出もない。食べ物をゴミにする不始末はしない。おそらく、日本のテレビで最初にしてこれが最後に放送される街や地区が登場する。名所旧跡大観光地に興味のない私には、まことに好都合な番組だ。製作費が少ないということがプラスに作用した例だ。

 旅をしていると、私がヒロシのようなことをしているのに気がついた。例えば、リトアニアビリニュスを歩いているとする。腹が減った、何か食いたい。安そうなレストランを見つける。しかしメニュが読めない。料理の注文ができない。そこで、ヒロシのように言う。「Lithuanian food , Please!(リトアニア料理をください)」。リトアニアの料理なら、なんでもいいよ、試してやろうじゃないかという気分だ。

 リトアニアで、このセリフを3度口にして、3度同じ料理が出てきた。ツェペリナイ(cepelinai)である。このツェペリナイと、すでに紹介した冷たいスープが、リトアニア料理の代表格だ。ツェペリナイをひとことで言えば、ひき肉やチーズを詰めたジャガイモ団子である。料理名はかの飛行船ツェッペリンにちなんだというから、1930年代以降に登場した料理だろう。その作り方は家庭によって違いがあるだろう。その例をふたつあげておく。

https://www.youtube.com/watch?v=IWSqjYBVDFQ

https://www.youtube.com/watch?v=aAbmKO6zGpI

 出来上がった料理を見て、「残念!」と思った。もちろん、私の好みの問題なのだが、マッシュポテトで肉やチーズを包むか、あるいはコロッケのように両方を混ぜるか、どちらでもいいのだが、茹でないでほしかった。フライパンかオーブンで焼くか、コロッケのように揚げてほしかった。茹でると外側が葛湯のようになって、触感が悪いというのが私の感想だ。餃子と同じように、家庭では焼くよりも、一気にまとめてゆでる方が簡単なのだろう。効率がいいと思ったのだろうが、それならオーブンで焼いてくれてもいい。あくまでも私の好みの話だが、ゆでるより焼いたほうがうまい。

 皆さんは、どうです? 茹でて、ぷにゅぷにゅのほうがいいですか?

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 ビリニュスの市場の食堂で。ここも、安めの食堂街がある。「リトアニアの料理」と注文して、まさにこの組み合わせ。ツェペリナイにヨーグルト、そしてすべての料理にディルがかかっているが、タイのパクチー攻撃のような臭気はないので安心だ。

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 気に入った料理ではないから、ツェペリナイだけをしっかり撮影しようという熱意がないが、これで姿がよくわかるだろう。

 

 

1336話 スケッチ バルト国+ポーランド 55回

 食べる話 その4 サラダ 

 

 どこの国のカフェテリアに行っても、サラダが目につく。サラダだけの食事をしている女性を見かけるのも珍しくない。ジャガイモやパンが入っているサラダだと、私もそれだけで昼飯にすることがある。ちなみに、いままでヨーロッパのいくつもの国でポテトサラダを食べたが、日本のポテトサラダの認識におさまる味だった。それは、マヨネーズの味が大きくは変わらないということだと思う。しかし、日本以外のアジアのマヨネーズは、酸味を嫌っているようで甘い。もちろんタイのマヨネーズも極甘で、「日本マヨネーズ」と表記してあるものを買わないと、カスタードクリームのようなマヨネーズを口にすることになる。

 ヨーロッパの北国でサラダを見かけると、「サラダなんて、つい最近食べるようになったんだろうな」と思う。トマト、レタス、キュウリなど、生で食べられる野菜なんて、ソビエトから解放されるまでなかったんじゃないかという気がする。

 ヨーロッパの料理を調べていると、家庭料理というのは、肉も野菜も、徹底的に煮込むものだと考えているらしいと思えてくる。肉はともかく、野菜を徹底的に、親の仇のように煮込むのには、いくつかの理由がある。『中世の食卓から』(石井美樹子ちくま文庫、1997)など、ヨーロッパの食文化について書いたいくつかの文献を利用して、そのあたりのことを書いてみよう。

野菜がかたい・・・リーガで野菜の炒め物を食べた。トンカツのキャベツにように細切りにしたキャベツが入っていたのだが、これがかたくて食えない。ちょっと前に、日本の料理人がヨーロッパで料理をするというテレビ番組があった。料理人は、市場で買ってきたキャベツを切りながら、「こんなもの、かたくて生じゃ食えない!」と言っていたのを思い出した。そうなんだ。キャベツはクタクタに煮込まないと食えないのだ。

そもそも、生で食える野菜が少ない・・・『中世の食卓から』には、リチャード二世(1367~1400)時代のサラダに使った野菜をリストにしている。パセリ、セージ、ガーリック、エシャロット、タマネギ、ニラネギ、ルリチシャ、ミント・・・というリストを見ていると、野菜というよりハーブと呼びたくなる植物だ。ヨーロッパでは、生で食べられる野菜があったのは地中海沿岸あたりだけで、だからラテン語のsal(塩)がsaladの語源になっている。塩を振りかけるだけで食べる野菜料理は南ヨーロッパのものだ。

煮込むことこそ、料理・・・ヨーロッパの広い地域では、「煮込むことが、料理」と考えられていた。cookはそもそも、「煮込む、加熱する」という意味だから、生の野菜を食べるサラダは料理には入らない。だから、寒いヨーロッパに住む人たちは、地中海沿岸に住む人たちを「料理をしていないものを食べている」と見下していた。ちょっと前まで、ヨーロッパ人は「料理(cook)をしない」から、刺身やすしを「料理ではない」とバカにしていたのだ。

サラダはアメリカの影響・・・日本でも、アメリカの影響で生野菜を食べるようになった。元共産圏でも同様だろう。

キュウリのサンドイッチ・・・といえばイギリスの名物。たかがキュウリのサンドイッチかと日本人は思うが、イギリスでは寒すぎてキュウリは露地栽培できなかった。温室栽培する野菜だから、キュウリは高級品として珍重されたということだ。トマトにしても、それが栽培できない地域に住む人たちにとって、「あこがれの赤い野菜」なのだろう。サラダは、輸入野菜をたっぷり使ったぜいたく料理であり、同時に健康食というイメージにもなった。スペインやイタリアの料理が絶賛された理由の一つは、鮮やかな赤、あこがれのトマトを多く使った料理だったからではないかと想像している。

 

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  エストニアのタリンのカフェテリアのサラダコーナー。この地域で、生野菜がこれほどあるのは、ここ十数年のことだろうか。

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 ワルシャワのある昼時、空腹に耐えきれず、公園の中の高級レストランい入った。公園の外にもレストランがないから、いたしかたない。メニューを見ると、1品が100ズウォティ(2800円)は超える。フルコースで1万円という店だ。「カードがあるから、ステーキでも食ってやるか」と思いメニューを見ると「360グラム」などと書いてある。そんな大きなステーキは食えない。隣りの席でサラダを食べている客がいて、「パンもあるなら、サラダだけでいいな」と思い、若鶏のローストサラダを注文。飲み物は水だが、これも高い。空腹だと思っていたが、このサラダ(うまかった)とパンで満腹する程度の空腹なのだ。この日の昼めし、水とサラダで、64ズウォティ(約1800円)。

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 今回の旅の最後の夕飯(これでも、午後20時)は、前菜とサラダ。変な組み合わせだが、食いたかったのだ。ずっしり思い黒パンに紅茶も注文した。場所は、リーガ駅前広場。

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ニシンの酢漬けにポテトサラダ、ニョッキ。

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 そして鶏肉とロメインレタスのサラダ。目は「食べたい」と言っているが、このサラダだけで満腹。ふたり分注文してしまったようで、罪悪感にさいなまれた。多いことがわかっていて注文したのではなく、写真付きメニューの料理はもっと少なかったのに、テーブルに運ばれてきた料理は写真よりもかなり多かったから文句が言える筋合いではない。

 この日の夕食は、この旅での最高額の17.60ユーロ(約2200円)だった。

1335話 スケッチ バルト三国+ポーランド 54回

 食べる話 その3 冷たいボルシチ

 

 今回の旅でもっともうまいと思ったのは、ピンクの冷たいスープだ。初めて見たときは、人口着色料を使ったような鮮やかなピンクで、気味が悪いと思ったのだが、気温が30度を越えた暑い日に、日本のコンビニなどにもよくあるガラス張りの冷蔵庫に入っているものが気になって、「それ、何?」と聞いたら、「スープ」というので、注文してみた。

 表面に振りかけている植物はディルということはわかる。写真で見ているハーブというだけで、じつは口にした記憶はない。たぶんセリ科で、だから臭いだろうなと覚悟をしたのだが、頼りないほど香りが弱いから気にならない。スープの味は、すこぶるうまい。暑い夏には、絶品と言っていい。以後、何度も食べることとなった。

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 セリ科のハーブをこれだけ振りかけられたらとうてい食えない臭気に包まれるような気がしたが、あっけないほど匂いがない。実は香るらしいが・・・。

 

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 これがディル。リーガの市場にて。

 

 このスープは、リトアニア料理ということになっているらしいが近隣の国でも食べられている。このスープの正体は、サワーミルクが入ったボルシチである。ビーツで真っ赤なボルシチにサワーミルクを入れたので、ピンクになったというわけだ。このスープを、リトアニア語でŠaltibarščiaiシャルティ・バルシチェイという。「冷たいボルシチ」という意味だ。

 料理法の動画がいくつもあるが、日本語字幕入りのものを紹介しておこう。

https://www.youtube.com/watch?v=pi0fmS4Nbvk

 スープの具は店によって違うのだが、それほど安い店でなければジャガイモやゆでたまごが入っているうえに、パンがつく決まりになっているようで、これだけで軽い昼食になる。

 

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 リトアニアカウナス。腹が減ってたまらない。カフェでも食事ができればいいと思って入った店だが、ここが今回の旅でもっともうまい店だった。「本日のスープ」を注文したら、やはりシャルティ・バルシチェイが出てきた。スープにはゆで卵とズッキーニも入り、表面をカリッと揚げたジャガイモがついているから、小食になっている私の胃袋では、すでに半分満腹になった。

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 メインは鶏肉のパスタ。左はチーズを焼いたもの。右は薄切りニンジンの素揚げ。これもうまかった。スープは2.20ユーロ、パスタは5.90ユーロ、レモン入りの水は無料。合計8.10ユーロは、日本円にして1000円ほどだが、感動的にうまかったので、チップを入れて合計10ユーロ支払った。「当方、レストランでございます」という店構えの店で食べると、この3倍くらいは取られる。

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 リーガの野外建築博物館の野外食堂の「本日のスープ」も、このサワーミルク入りボルシチだった。チリ(多分、パプリカ)を入れて赤くなったソーセージ、皮つきポテトはうまいが、これで合計7ユーロ。場所柄、高いのだ。客の多くはビールを飲んでいる。食事はまともなところで食べる予定なのだろう。私はほぼ1日いたので、しかたなくここで食事をした。

 

1334話 スケッチ バルト三国+ポーランド 53回

 食べる話 その2 好きな場所 その2

 

 ヨーロッパ中部北部東部の料理、例えばイギリスやドイツ周辺諸国など、どうも評判が悪い。ありていに言えば、「まずい」という評判が高く、私も「そうだろうな」と思っていたが、近頃、「それは違うな」と思い始めた。「まずい」のではなく、「『とりたててうまい、すばらしくうまい』と賛美する外国人はさほど多くない」というのが正解のような気がする。全体的に言えば、「可もなく不可もなく食える」レベル以上の、まっとうな料理を私は食べてきた。

 一方、うまいと評判のタイ料理だが、バンコクのその辺でガイドブックなどは見ずに適当に食べれば、辛い、臭い、酸っぱい、苦い、甘いと、外国人にはつらい料理がいくらでも出会う。香辛料や発酵食品など、口や鼻に合わない料理がいくらでもあるということだ。ところが、チェコにしてもバルト三国にしても、外国人の舌は受け付けないという料理は、多分ほとんどない。「感動するほどうまいわけではない」という感想はあっても、タイの辛い料理や昆虫食のように「こんなもの、食えるか!」という感想はないと思う。バルト三国の食べ物で、「これはかんべん!」と思いつつ、もったいないからガマンして全部食べたのは、リーガのバスターミナルで買ったサンドイッチだけだ。時間がないので慌てて買ったサンドイッチはゆでた鶏肉が入っていると予想して、たしかに鶏肉が入っていたのだが、それに加えてブルーベリージャムも入っていた。カモのオレンジソースのように、鶏肉にジャムである。私の乏しい体験で考えると、日本人には苦手だろうなと思われるヨーロッパの料理は、悪名高きニシンの缶詰(シュールストレミング)のような特殊なものを除けば、血のソーセージやブルーチーズ(私は大好きだが)くらいか。ああ、あとエスカルゴ(カタツムリ)やヒツジの脳みそもだめか。

 さて、前回に続いて、好きなレストランの話だ。

 タルトゥにあるエストニア国立博物館のレストランは、写真のように開放的な広間にある。博物館そのものもすばらしいのだが、その展示物の印象よりもこのレストランが記憶に残っている。20品ほどの料理から自由に選んでひと皿7ユーロ。コーヒー1ユーロ、デザート2ユーロ、つまり合計すれば10ユーロに設定されている。大阪の国立民族学博物館のレストランは高くてまずい。東京の国立博物館ホテルオークラの運営だから、高い(比較的安い施設もあるが・・・)。

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 タルトゥの市街を抜けて、こういう黄色い花の田舎道を歩いていくと、近代的な国立博物館が見えてくる。市街から歩くと20~30分かかるが、あの道は歩いたほうがいい。展示のレベルがわからないから、博物館の外観は撮っていない。

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 レストランは部屋ではなく、両側がガラス張りの広い通路の感じだ。天井が高く、開放感がすばらしい。

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 食べたいものがいくつもあるから、ついついいろいろ取ってしまう。パスタを取っているのに、コメも取ってしまった。大量の肉を食べたいという欲望はない。コップの水に薄切りキューリ。この水は無料。

 

 好きな飲食施設の3番目は、リトアニアビリニュス大学の食堂だ。大学見物をしていて食堂を見つけたので、昼飯にした。ここは教職員用の食堂かもしれないが、2階もあって、座席数は百くらいはありそうだ。私のような部外者の出入りも自由で、カフェテリア方式。食堂のおばちゃんも英語ができるので、料理の説明がきけた。

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 大学の食堂だが、客層を見ても、教職員食堂かと思ったが、ほかの食堂は見かけなかった。2階にも広い客席がある。

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 精緻にして優雅で安価な昼食。

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 窓の外にこういう風景。

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 日記に料金の明細が記録してある。レシートのリトアニア語を想像して解読した。例えば、salotoはサラダ、citrinaはレモンという具合だ。以下、単位はユーロ(当時、1ユーロ=126円)。サラダ1.60、チキンカツ&マッシュポテト3.20、水0.50、レモン0.05。合計5.35、日本円にして約675円。食後コーヒーを飲んだ。「コーヒーが1.30で、写真のサラダが1.60というのが、どうも納得がいかない」と、日記のメモ。

 

 写真は撮らなかったが、タリンやワルシャワビリニュスのゲストハウスのダイニングルームも、雑談の場として好きだった。

 

 

 

1333話 スケッチ バルト三国+ポーランド 52回

 食べる話 その1 好きな場所 その1

 

 今、旅を終えて、「ああ、あそこはよかったなあ」と思い出すレストランがいくつかある。

 まず、リーガ市役所地下のDailyだ。誰でも利用できるカフェテリア式の食堂で、リーガ市民によく知られたところだ。あらかじめ作った料理を並べてあり、客は好きな料理を好きなだけ皿にとり、料金を支払うというシステムだ。ここに何度も通った理由は、広い意味でのラトビア料理、ラトビア人が日常口にしている料理がひと目でわかるという食文化研究の資料として有効だということもあるが、メニューが読めなくて資力に乏しい私のような旅行者には、簡単に料理にありつけて、しかも安いというのがなんともありがたい。

 スペインやイタリアなどでは、ファーストフード以外の食事なら、最低でも十数ユーロはかかる。それが、ここではその半額以下だ。できることなら毎日通いたかったが、毎日の飯時にそのあたりをうろついているわけにもいかず、残念ながら毎日通うことはできなかった。

 この飲食施設から、現代のラトビア人(おもにリーガ市民)の食習慣を見てみる。基本条件は、外食でありランチだということで、家庭の食事に関しては当然わからない。

 スープとデザート、飲み物を除いて、客が皿に取った料理を分析する。サラダについては、あとで詳しく書く。

 客はその日のメインを考える。肉か魚か野菜かといったタンパク質グループだ。昨年、海がないチェコの料理を見てきたので、バルト海に面したラトビアではさすがに魚料理は多いが、やはりサーモンが目につく。

 デンプンのグループは、こうなる。まずは、ジャガイモのグループだ。皮つき・皮なしのフライドポテト、小さなジャガイモをそのままゆでたもの、マッシュポテトなど。パンのグループは黒パンやバゲット、クロワッサンなど多種多様。マカロニなどのパスタ。コメは白飯かピラフのような味付き飯。チェコでも感じたのだが、都市部に限ったことなのかもしれないが、コメが広く食べられているという印象を受けた。これはソビエト支配時代には考えられないことだろうから、ここ20年くらいの歴史だろう。

 

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 市庁舎の地下への入口。地下2階のデイリーの営業時間は、8:00~16:00だ。

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 飯時をはずすから、いつもすいている。
 

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  各種キノコのソテー、キャベツの塩もみ(中国醤油があった)、白飯。

 

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 翌日、キャベツとキュウリの塩もみをまた食う。白飯に鶏肉のトマト煮をかけて、3ユーロしない。ヨーロッパで300円の飯は安い。

 

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 ズッキーニのチーズ焼き、ゆでたジャガイモにマヨネーズ。キュウリのピクルス、チーズ、オリーブ。このようにいろいろ皿に盛ると単品の料金計算ができなくなるので、料理を盛った皿をはかりにかけて、その重さで料金を計算する。

 

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 ポテトサラダにニシンの酢漬け、サラダに生のサーモン。

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 ピンクの薄いものがあったので、試しにつまんでサーモンの隣りに置いた。「どう見ても、生姜の甘酢漬けだよなあ」と思って食べてみると、まさにそのとおり。こういうところにも、日本の食品があるのか。

 

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 後日、スーパーで商品チェックをしていたらスシコーナーがあり、スシ弁当を見つけた。1600円くらいするから、高い。家庭でスシを作るように、焼きのりがある。その下に、気になるピンクのモノが・・・。

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 「生姜甘酢」、"PICKLED SUSHI GINGER" ラトビアの業者が日本から輸入している。私がデイリーで食べたのも、多分これだ。

 

 以下は、エストニアのタリンのカフェテリアにあった料理。ジャガイモやソーセージ、野菜のソテー、鶏肉料理、グラタンなどが並ぶ。

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1332話 スケッチ バルト三国+ポーランド 51回

 ホットドッグと「どうぞ」と歯医者

 

 昨日も歯医者に行った。旅から帰ってすぐに通い始め、昨日で一応の区切りがついた。長い治療だった。

 そもそもは、この写真のホットドッグだ。

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 このホットドッグが高くついた。

 

 リーガに着いてすぐのことだった。近所のコンビニに朝ご飯を食べに行った。昨日と同じシナモンロールじゃなあとパンを選んでいたら、ソーセージを焼いているのが見えた。回転する熱い鉄棒にソーセージをのせて、ゆっくり焼いている。カウンターで若者が何か言うと、おばちゃんが左手に持ったパンに香ばしく焼けたソーセージを挟み、若者に手渡した。ホットドッグのパンは柔らかいから好きではないが、ここのパンはバゲット風で、ソーセージもうまそうだ。私も若者と同じように、ソーセージを指差した。

 ソーセージが焼きあがる間に、コーヒーとホットドッグの料金を払い、セルフサービスでコーヒーを買い、カウンターに戻った。ちょうどソーセージが焼き上がり、おばちゃんはパンにはさんだソーセージを私に差し出しながら言った。

 「どうぞ」

 おお、なんで日本語をしゃべるんだ! と驚いたが、ああ、そうだった。これがラトビアの「どうぞ」だったなと思い出した。『ラトビアの霧』(中津文彦講談社、1988)に、「どうぞ」を意味するラトビア語が、日本人には「ドウゾ」と聞こえてしまうという話が出てくる。Ludzuと言う語で、綴りをみれば「どうぞ」には遠いようなのだが、「ルードズ」という発音が、日本人が「どうぞ」という場面で使われるので、日本人の耳には「どうぞ」のように聞こえてしまう空耳なのだ。

 コンビニのイートインコーナーで、硬い皮に包まれたソーセージをはさんだ硬めのパンにかぶりついたら、前歯に痛みを感じた。パンはかたそうだと覚悟をしていたが、ソーセージの皮もとんでもなくかたい。

 前歯は差し歯で、マレーシアでも抜けたことがあったのだが、そのとき痛みはまったくなかった。差してある歯が抜けたので、地元の歯医者に行って差し直してもらい、それで終わった。しかし、今回は痛い。しかも歯がグラグラする。そのせいで、以後サンドイッチであれピザであれケバブであれ、前歯でかみ切らないといけない料理はほとんど食べられなくなった。固い食べ物でも、ナイフで切って奥歯でかむから、問題ない。要するに、安い食い物が食いにくくなったのだ。

 帰国して、すぐに歯医者に行った。今までは差してある歯が抜けたのだが、今回は歯茎に入っている「差されていた方の歯」が、バゲットとソーセージの皮の硬さに耐えられず、割れたのだとわかった。そういうわけで、数十年前に親知らずを抜いて以来久しぶりに歯を抜くことになった。生まれて初めて人工の歯が入ることになったのである。このブログでバルト三国の話を書く直前から秋までかかって、歯の治療をしてきて、きのうほぼ、治療を終えた。リーガの、たかだが数百円の朝飯のせいで、数万円の義歯治療をすることになった。もう、スペアリブにかみつくことはできなくなったが、そんなのは悔しくはない。ベトナムバゲットサンドも、無理かなあ。豚足は食いたいなあ。

 歯は治った。これでまた旅に出かけられる。ムシャムシャ食えるぞ。

 というわけで、次回から、食文化の話をちょっとやる。

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 リーガのどこででも見かけるNARVESEN。コンビニのように見えるが、飲食物があるだけだ。ここはノルウェーのチェーン店で、ラトビアに249店舗、リトアニアに260店舗あるという。

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 もう日本から撤退したサークルKがあった。ここもコンビニではなく、テイクアウト用飲食店。観光用三輪自転車タクシーもいっしょに撮影。

 

 おまけ。

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 リーガを歩いていて、時計塔の時計に”KOBE”の文字を見つけて、近づいた。

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 なるほど。神戸市がリーガ市と友好都市(1974年)になっている事実が骨格となっている小説『ラトビアの霧』を読んでいたので、この時計の意味はすぐにわかった。