2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

1583話 カラスの十代 その16

昔のことを書いていると、思いだそうとしなくても、過去のいろいろな情景や言葉のやり取りが、どくどくと湧き出して来る。記憶を封印したわけではないが、干からびた地表を押し破り、思い出の地下水が湧き出して来る。 その編集者と再会したちょっとあとのこ…

1582話 カラスの十代 その15

建築作業員をしていたある日の朝のこと、現場が遠いうえに、現場で使う物を建材店で買ってから行くために、7時に事務所に集まった。2トントラックの助手席に座り、運転をする職人を待った。そのとき、車窓の脇を歩いてきたのが、高校の1年先輩で、何度か…

1581話 カラスの十代 その14

高校の卒業式の翌朝早く、ヤツといっしょに建設会社の事務所に行った。社長にあいさつすると、「今から仕事をすればいいさ」ということで、すぐさま建設作業員になった。建設業の朝は、早い。まだ7時過ぎだが、作業員はすでに来ていて、8時前に現場につける…

1580話 カラスの十代 その13

密航事件から数か月たち、成績不良の私でもなんとか高校を卒業することができた。温情の数学教師は、「サイコロを振って3が出る確率を求めよ」という問題で、30点くらいの配点をしてくれて、さぼり抜いた生徒たちも、これでなんとか卒業できることになった…

1579話 カラスの十代 その12

何と言うことのない朝のはずだった。 高校の朝はいつも、担任が教室に来て、報告や諸注意を5分ほどおこない、1時限の授業が始まるのだが、その日はなかなか担任がやって来なかった。何かが起こったのかもしれないという予感があり、ほかの教室ものぞいてみ…

1578話 カラスの十代 その11

あれは、1970年の、たぶん晩秋だったと思う。高校3年生のときだ。大きな事件が重なった。 大阪の万博には出かけたし、このコラムでは万博にまつわる話を何度も書いているが、万博と高校はまったく関係はない。修学旅行は3年生の1970年ではなく、2年生の69…

1577話 カラスの十代 その10

あのころ、はっきりと意識していたわけではないが、将来の理想的な生活というものがあやふやながら見えていた。毎日本を読み、東京を散歩して、古本屋と映画館を巡り、気にいった喫茶店でひと休みする。そして、ときどき旅に出られれば、それが理想的な生活…

1576話 カラスの十代 その9

高校の英語の授業のことを書いていたら、いろいろ思い出すことがあって、もっと書きたくなった。 私が嫌っていた定年直前の英語教師は、受験雑誌では有名人だったらしいが、その手の雑誌などまったく見ない私は、教師の評判などまったく知らない。この教師に…

1575話 カラスの十代 その8

いつか外国旅行をしようと思っていたから、受験英語の授業は進級卒業に必要な最低限のお付き合いにとどめ、あとは自分で勉強していた。友人が教会の英語クラスに通っているという話を聞き、私もしばらく通った。本当のことを言うと、英語に興味があったので…

1574話 カラスの十代 その7

高校時代は、本と映画の日々だった。大好きな音楽と深くつきあうのは、諦めた。レコードは高く、コンサートはもっと高い。高いレコードを買うくらいなら、古本屋のワゴンセールで、1冊30円か50円の文庫や新書を山ほど買った方がいい。だから、音楽はひた…

1573話 カラスの十代 その6

カラスとの高校生活が嫌で、かつてないほどの勉強をして入学した共学高校だったが、入学早々、私が腹に収めて決して口にしなかったことを大声でしゃべっているヤツがいた。 「なんだよ、この学校、ブスばっかりだ。かわいい子なんて、ひとりもいないぞ」 そ…

1572話 カラスの十代 その5

中学の卒業式の前か後かの記憶はないのだが、高校から入学予定者に集合がかかり、講堂に集められた。そう、昔は講堂というものがあったのだ。その後、体育館ができて、講堂が取り壊されることになる。そういう端境期に私は高校生になった。高校の説明会がは…

1571話 カラスの十代 その4

滑り止めの、私立高校を受験した。男子校ということを、耳と活字ではもちろん知っていたが、校舎に足を踏み入れると、黒い制服を着たカラスのような集団に囲まれて、恐れおののいた。初めて、「男子校」のおぞましき光景を実感した。文字通り暗黒の世界だ。…

1570話 カラスの十代 その3

あのころ、1960年代のなかばごろ、東京には東北地方などから集団就職してくる中卒者がいくらでもいた時代だ。私の中学校の卒業者の進路はまったく知らないが、高校に進学した生徒は半分を超えたかどうかというくらいだと思う。高校進学を希望していたが、受…

1569話 カラスの十代 その2

中学生になり、算数が数学と名前が変わったが、だからといって心を入れ替えて勉学に励んだということはない。数学の授業が始まると、記憶回路の入り口にシャッターが下りて、「入室禁止」になってしまう。1年生、2年生と、そうやって生きてきたのだが、3…