167話 続・リバーサルフィルム


 雑誌の取材で、長野県の馬籠(まごめ)に行ったときだ。
 バス停近くを歩いていたら、前日の列車ですぐ近くの席に座っていた若い夫婦が、バスから降りてくるのが見えた。日本人の夫と西洋人の妻という組み合わせだ。
「おや、また会いましたね」
 ちょっと立ち話をしたら、妻はアメリカ人だとわかった。今夜はここに泊まる予定なのだが、いい宿の心当たりはありませんかと、日本人の夫がたずねた。
「いかにもアメリカ人が好きになりそうな、古い感じの旅館はありますが・・・・」
 ちょっと前にここに着いて、ひととおり散歩し、情報を仕入れている私は、昔の家を改装して旅館にした建物が気にかかり、外観の写真は撮っていた。雑誌の編集部が期待する「美しき日本の風景」にぴったりの建物だった。
「その『いかにも』っていうのが、いいですねえ。どのあたりですか」
「案内しますよ。すぐそこですから」
 その、「いかにも」の外観をした宿を、アメリカ人の妻は気に入り、日本人の夫もまんざらでもなさそうで、部屋を見せてもらうことにした。宿の内部を撮影 したいと思っていた私は、渡りに舟だから、「すいません。私も、ちょっと、いっしょに行かせてください。部屋を見たいんで・・・」と小声でごにょごにょ言 いつつ、彼らにくっついて部屋に行った。夫婦は部屋も気に入り、ここでの宿泊が決まったところで、日本情緒満点の部屋の撮影をさせてもらった。
 撮影機材をバッグにしまっていると、夫が言いにくそうに小声で、切り出した。
「あのう、彼女がですね、ずっとそのコダクロームを探していて、でもなかなか見つからなくて・・・・」
「ええ、そうでしょ。都会の大きなカメラ店じゃないと、コダクロームは売ってないでしょ」
 旅先で首からカメラをぶら下げていれば日本人といわれるその日本人は、ネガカラーを愛用しているが、西洋人はスライド用のフィルムを好む。旅を終えた ら、家族や友人を集めてスライドショーをやるのが楽しみなのだろう。日本人にはそういう趣味はないから、コダクロームは日本の中都市でもあまり売っていな い。
「そこで、ご相談なんですが、もし、予備のフィルムをお持ちなら、売っていただけないかと思いまして・・・・」
「ああ、いいですよ。差し上げますよ」
 バッグからフィルムを2本取り出して、手渡した。価格としては、3000円弱だが、フィルムは雑誌社から支給されたものだから、私の腹が痛むわけじゃな い。「いや、おカネを払いますよ」というのだが、カネをもらうと横流しをして儲けたようで、後味がわるいので、カネを受け取らなかった。
 この夫婦はふたりともなんだか気が合い、このあと部屋を出ていっしょに昼飯を食べた。ふたりはコロラド州デンバー在住で、夫は建築家だといった。
 それが1979年の夏の出来事で、翌80年の夏に偶然にも私はそのデンバーにいた。妻は出かけているというので、電話で話しただけだったが、日本人の夫とは再会し、取材のお世話になった。