168話 夢の古本屋


 定年退職したら古本屋をやりたいという夢を持っている人は少なくないらしい。あるいは、 定年を待たずに副業として、インターネット古書店をやっているという人もいるらしい。世間一般では、古本屋というのは陰気な商売だと思われているような気 がするが、一部の本好きには憧れの、夢の職業に見えるらしい。
 しかし、今回の「夢の古本屋」というエッセイは、古本屋になるのが夢という話ではない。初夢ではないにしろ、年明け早々の夢に古本屋が登場したという話だ。
 中学入学とほぼ同時に神田神保町に通い始め、地方都市でも外国でも、新刊古書を問わず、本屋に入り浸る習性のある私なのだが、夢で古本屋に行ったという のは初めてのことだ。まあ、夢のことだから、見ても覚えていないことが多いから、「覚えている夢の中で」と限定してのことだが、とにかく初めての夢の古本 屋だ。
 その古本屋は、本屋という感じではなかった。四畳半にお似合いの、カラーボックスというような名前がついた背の低い棚に、50冊くらいの本が入ってい る。床に広げたビニールシートに、小山の本がある。本棚と両方合わせても100冊くらいしかない本屋だ。神田に詳しい人には、小宮山書店裏の駐車場を利用 したあの古本屋を思い浮かべるとわかりやすい。心当たりのない人には、ガレッジセールを思い浮かべればいい。要するにビル1階の駐車場を利用した店だ。
 暗い空間に、古本が約100冊だ。陰気な古本屋で、プロローグもなにもなく、映像はいきなりその古本屋から始まる。なにしろ夢なので、「前回までのあらすじ」というのもなく、唐突に物語が始まる。
 外見は、駅のゴミ箱から集めてきた週刊誌を売っているような本屋だが、うれしいことに、私が好きな本ばかり並んでいる。全部英語の本で、世界各地の文化を写真で解説した本がある。ワクワクしながら10冊ほど買った。
 そして翌日、またその本屋に行ったら、きのうまでガラーンとしていた室内にスチール机が並べられ、古本屋は廃業したと知る。ああ、それなら、きのう、全部買っておけばよかったのにと悔しがっているところで、目が覚めた。
 なぜこういう夢を見たかというと、心当たりはある。年末にネット古書店で海外旅行・異文化・文化人類学といったジャンルの古本数万冊をチェックしたあ と、別の古本屋で年末年始割引きセールをやっているのを発見した。これも、私の関心分野の本は数万冊ある。全部見るには時間がかかり、年が明けてもまだ チェックしていて、調子に乗って次々と注文していった。
 ネット古書ファンはすでにご承知のように、かつて"EASY SEEK"といったサイトが「楽天フリマ」となり、昨年暮れには消えてしまった。いちおう「楽天オークション」と名がかわり存続しているのは事実だが、か つて旅行関連の本だけでも数万冊のリストがあったというのに、今はたかだか80冊である。「楽天フリマ」に出品していた古本屋はアマゾン古書部に移転した ようなので、私にとっては実質上ほとんど変わりはない。
 というわけで、今年もネット古書店も大いに利用して、未知の本を探すことだろう。そのこぼれ話は、いずれこのページで紹介しよう。