186話 旅行ガイドブックで紹介される国々(2)

  地球の歩き方が選んだ国々



 「地球の歩き方」は1979年に初めて姿を見せた。『地球の歩き方 ヨーロッパ編  1980年版』と、『地球の歩き方 アメリカ・カナダ・メキシコ編 1980年版』の2冊で、ダイヤモンド・スチューデント友の会編著、ダイヤモンド・ ビッグ社発売だった。細かいことだが、85年秋からは、現在のように地球の歩き方編集室編、ダイヤモンド・ビッグ社発行、ダイヤモンド社発売となる。じつ は。もう少し複雑な経緯があるようだが、まあ、これでいいことにする。
 ここでまとめて、1986年末までのラインアップを調べてみよう。同じ地域の本で改訂版として発売された巻は省略し、各国や地域の初版を調べてみる。

1979年
 ・ヨーロッパ
 ・アメリカ・カナダ・メキシコ
1981年 
 ・インド・ネパール
1983年 
 ・オーストラリア・ニュージーランド
 ・ハワイ
1984年 
 ・中国自由旅行
1985年 
 ・東ヨーロッパ
 ・メキシコ・中米
 ・ヨーロッパのいなか
 ・モロッコチュニジアアルジェリア
 ・パリ・フランス
 ・東南アジアA タイ
1986年
 ・東アフリカ ケニアタンザニア
 ・ニュージーランド
 ・韓国
 ・オーストラリア
 ・アメリカドライブ
 ・成功する留学
 ・東南アジアB シンガポール・マレーシア
 ・トルコ・シリア・ヨルダン
 ・エジプト・イスラエル
 ・スペイン・ポルトガル

 さて、このリストを読んでみよう。他社のガイドブックシリーズとの違いは、「ハワイ」よ りも早く、第3巻目として「インド」が登場していることだろう。その理由はふたつある。まず、このガイドブックのシリーズが、若者向け格安旅行のガイドと して創刊されたことだ。そのため、ツアー客相手の当時の旅行ガイドとは、まったく違うラインアップになっている。もう一点は、編集者が元々リュックサック を背負って旅した若者だということで、やはり従来のガイドブック編集者とは違う旅行体験をしていることだ。そういう経歴が、オーソドックスなガイドブック とは違う国選定をしている。
 しかし、このリストを見てわかるように、欧米中心が基本だ。欧米のキリスト教文明の国々の若者が、新しい精神的活路をインドに求めて、インド詣をしてき た西洋人の旅行体験をそのままコピーしたラインアップともいえる。日本の若者が、自らの意志でアジアに出たのではなく、西洋の若者の間にインドが流行って いるから、じゃあ、インドに行ってみるかという風潮だった。
 その証拠に上記22冊のなかで、アジアのガイドはまだ少ない。香港・マカオ、台湾、フィリピン、インドネシアもまだない。西洋人が興味を持たないアジア は、日本人も興味を持たなかったのだ。1971年の「アンアン」でインドやネパールを特集したのも、1977年に横尾忠則が『インドへ』を出したのも、結 局は西洋人のマネである。
 ここで、日本人の訪問先国別ベスト5のアジア編を、ちょっと調べてみよう。
1975年・・1,台湾 2,香港 3,韓国 4,マカオ 5,フィリピン
1980年・・1,台湾 2,香港 3,韓国 4 ,シンガポール 5,フィリピン
1985年・・1,韓国 2,香港 3,台湾 4,中国 5,シンガポール
1990年・・1,韓国 2, 香港 3,シンガポール 4,台湾 5,タイ

 1985年当時の日本人訪問者数ベスト5の国で、地球の歩き方がカバーしているのは中国 だけである。地球の歩き方と当時の若者は、アジアを嫌っていた。そう思う。嫌っていた理由は、当時のアジア、東アジアや東南アジアは「おっさんの売春旅行 地」であり「農協のおばさん、おじさんのみっともない団体旅行地」というイメージが、当時の若者にも出版社側にも、濃厚にあったからだ。だから、若者向け のガイドブックとしては、アジアは敬遠されたのだ。そういう時代の雰囲気を、私は旅行者として実感している。
 若者に限らず、当時の日本人は、日本より文明が劣った国、不潔な国には、基本的には興味はなかったのだ。多くの人にとって、観光旅行とは、日本より優れた文明国を見て、感心・感動する行為だった。
 こうした意識を変えようとしたのが、1983年から刊行が始まる「宝島スーパーガイド・アジア」(JICC出版局、現在の宝島社)である。若者の旅行ガイドということでは、地球の歩き方はメジャーであり、宝島スーパーガイドはマイナーである。
 ガイドブックにおける「アジア再発見」は、1980年代だという事がわかる。80年代前半は、宝島スーパーガイド。後半は、その動きを見て地球の歩き方が動き出し、87年には「バリとインドネシア」「ビルマ」「台湾」「タイ」などを出し始める。
 前回と今回のコラムは、ダイヤモンド・ビッグ社の西川社長らの創刊関係者の目には入らないだろうが、時代の当事者として、ぜひ記録を残してもらいたい。 上下2段組400ページの『地球の歩き方風雲録』と『HIS血風録』の2冊が世に出れば、若者の海外旅行史の骨格部分はできあがる。もう一冊マイナー編と して加えるなら、『オデッセイから旅行人へ』だろう。
 と書いて、インターネットで旅行関連の情報を探っていたら、「地球の歩き方 創世記」というサイトで、すでにその歴史を追う連載記事が載っていた。時間 の流れがよくわからず、資料的にも乏しいが、とにかく、自分たちの歴史を書き残しておこうという姿勢に、一応の敬意を払っておこう。連載はいつ終わるとも なく続くのだろうが、日本の戦後史をふまえた文章を期待する。