208話 1970年代のミニコミと建築家


 1970年代はミニコミの時代だったような気がする。60年代まではガリ版印刷が中心 だっただろうが、70年代に入ると、活版印刷や表紙にカラー写真を使ったものまで登場するようになった。こうなると、ミニコミとは言い難く、しかしマスコ ミと呼べるほど大部数を発行しているわけでもなくという雑誌が出てきた。
 あのころ、マスコミ世界でも有名だったのは、「新宿プレイマップ」や「だぶだぼ」などがあり、じわじわと人気が出てきたのが「本の雑誌」だった。一般の 読者にはほとんど知られていないが、熱心な旅行ファンに読まれていたのが「オデッセイ」だ。「ザ・個性的な旅」は世界ケチ研(これが正式名だが、元は世界 ケチケチ旅行研究会だったような気がする)の機関誌だから、市販していなかったと思うが、もしかして、模索舎や喫茶店などで販売していたかもしれない。
 こうした雑誌群とは違って、単行本として少部数発行されていたのが、「あむかす・旅のメモシリーズ」だ。この名を出して、「ああ、あれね」とわかる人 は、辺境旅行愛好者や大学の山岳部・探検部関係者や観文研(日本観光文化研究所)の関係者たちだろう。私はそのどこにも分類されないが、少しは知ってい る。
 「あむかす―あるくみるきくアメーバ集団」は、創設に参加した伊藤幸司氏(早稲田・探検部OB)によれば、全国の大学山岳部・探検部関係者たちの情報収 集機関として、1970年に誕生したそうだ。観文研や現在の地平線会議などと深い関係があるのだが、それはさておき、「1974年ごろから『あむかす・旅 のメモシリーズ』という手書きのガイドブックをつくりはじめる」(インターネット情報、「伊藤幸司略歴」による)そうで、紀伊国屋新宿本店や渋谷マップハ ウス(のちに神田の三省堂内)などで売られていた。
 私は、おそらくマップハウスが神田で独立した店舗を持っていた時代か、あるいは三省堂本店内に移転してからか、この「あむかす・旅のメモシリーズ」を何 冊か買ったことがある。文庫サイズほどの赤い本で、手書きだった。読者のことを考えて、読みやすい字でていねいに書く、デザインを工夫するといった気遣い があまりなく、とにかく読みにくかったのを覚えている。伊藤氏によれば、このミニ本は1974年から1988年までに89冊だして終了したというのだが、 その全貌がわからない。その昔は、ほぼ全冊チェックをしているはずだが、なにしろもう昔の話だから、記憶がほとんど消えている。
 インターネットで、その全貌紹介、全冊リストが載ってないだろうかと探したが、見つからない。宮本常一蔵書データベースでは、数冊しか出てこない。宮本 氏の関心分野と「あむかす」はかなり違っていたからだろう。各種図書館のサイトに当たったが、やはり国会図書館の目録がいちばん詳しい。
 詳しいといっても、全貌はわからない。全部で89冊出たそうだが、国会図書館の蔵書目録で確認できるのは、約半分の48冊だけだ。著者のなかには、高校 教師にしてトルコの専門家の三輪主彦氏(都立大山岳部OB)や『アジアを歩く』の深井聰男氏(このメモシリーズでは、深井あきお名義)など、面識のある人 もいる。あるいは、面識はないがイタリアの本で知られる矢島みゆき氏や、インドのカレー研究で知られる浅野哲哉氏(法政大学探検部OB)の名前も出てく る。そういう方々の名前に混じって、意外な人の名があった。
あむかす・旅のメモシリーズ576 『建築を中心にイベリア半島38日間』(1982年)
あむかす・旅のメモシリーズ587 『大陸の中に』(1986年)
 この2冊の著者は、鈴木喜一。偶然の同姓同名でない限り、建築家の鈴木喜一氏だ。私は雑誌「旅行人」の季刊化第1号の建築座談会で、光栄にもお会いしたことがある。著書も愛読している。
 建築家とあむかすの接点がどこにあるのか調べてみたら、関係がありそうな交差点が見えてきた。鈴木氏は、1976年に武蔵野美術大学を卒業後、80年まで同大学で助手。その後、世界建築巡りの旅に出ている。
 武蔵野美術大学といえば、宮本常一が教授をやっていた大学で、宮本氏は同時に観文研の所長でもあった。観文研関係者に武蔵美出身者も多いというあたりが、どうやら交差点ではないかと踏んだのだが、もちろん事実は知らない。
 あむかすの関係者の皆様、地平線会議のサイト内でもいいから、「あむかす・旅のメモシリーズ 全点紹介」のページを載せていただけるとありがたい。