224話 最初のマクドナルド

 
 『マクドナルドはグローバルか』に、世界各国のマクドナルド初出店年リストが出ている。 ながめているだけで、世界の経済や文化が見えてくるようで、興味深い。このリストの元の情報源は、もちろんマクドナルドだが、それを1996年の「ニュー ヨーク・タイムズ」が報じ、その記事を本書に載せたわけで、私のこのコラムは4度目の引用ということになる。引用に頼らず、マクドナルドが持っている情報 を直接紹介しようと思ったのだが、「だいたい、このころ」というあいまいな時代しか載っていないので、しかたなく、引用の繰り返しで紹介する。


1955 アメリカでフランチャイズ開始
1967 カナダ
1971 日本、オーストラリア、ドイツ
1972 フランス
1973 スウェーデン
1974 イギリス
1975 香港
1976 ニュージーランド
1979 ブラジル、シンガポール
1981 フィリピン
1982 マレーシア
1984 台湾
1985 タイ、メキシコ
1986 トルコ
1988 韓国
1990 中国(しんせん)、ロシア
1991 インドネシア
1992 中国(北京)、ポーランド
1993 イスラエル
1994 サウジアラビア
1995 南アフリカ
1996 クロアチア

 香港のマクドナルドは、75年か。九龍の、ネイザンロードからちょっと入ったところに、 赤地に黄色いM字の看板が見えたときのことを、よく覚えている。なぜか、珍しくミルクティー注文した。ティーバッグではあるが、インドのチャイのような濃 厚な風味だったのが意外で、しかし、イギリスの植民地だからなあと納得したことなどを、いま思い出した。香港1号店は、香港島のコーズウェイ、パターソン 通りにできたから、私の定宿近くにあった店は1号店ではないようだ。
 このリストを読んでいて、「あれ?」と思ったのが、イタリアが入っていないことだ。そこで、マクドナルドの情報をイタリア語で検索したら、1号店は 1985年だとわかった。それなのに、なぜ「ニューヨーク・タイムズ」の資料にでていなかったのだろう。その事情はわからないが、イタリア最初のマクドナ ルドはローマの、かのスペイン広場の店で、マクドナルドの出店がのちのスローフードの運動に結びついていくわけで、「マクドナルドに見る世界の現代史」と いう研究は、何人もがすでにやっていても当然というくらい興味深いテーマだ。
 例えば、韓国1号店は1988年で、この年は「パルパル」(88の意味)がキャッチフレーズで、ソウル・オリンピックが行なわれた年だ。1990年の中 国(しんせん)も、当時の政治や経済事情と深く関連しているにちがいない。訒小平がしんせんを訪問した92年から開放政策が加速し、この年、北京にマクド ナルドができる。
 1971年に日本に第1号店が出店したことに、政治や経済上の、なにか特別な意味があるのかどうかわからないが、状況証拠のような傍証をあげておく。 1970年の大阪万博時代と、深い関連があるような気がするのだ。1970年に、「ダンキンドーナッツ」が銀座に第1号店を出店している。大阪の万博会場 では世界各国の料理を出すレストランが営業していた。「ケンタッキー・フライドチキン」は、万博会場内と、名古屋市内の両方で営業を開始している。 1971年には「ミスタードーナッツ」が大阪府に出店し、そして銀座にマクドナルド第1号店が出店する。
 こういう外食産業史を見ていけば、マクドナルドが1971年に出店したのは偶然ではなく、なにか経済的、あるいは外交的必然があったような気がする。興 味を持った人は自分で調べてみればいい。卒論程度の内容はあるテーマだろうと思う。あるいは、最近はやりの粗製乱造新書向け企画か。
 さて、おまけの話だ。マクドナルドの足跡を追っているうちに、イギリスのインターネット・サイトで、こんなすごいサイトに出会った。
 “THE HISTORY OF THE 'ETHNIC' RESTAURANT IN BRITAIN”
 これは主に、イギリスにおけるインド料理店の歴史を追ったものだが、ここでは小さな話をしておこう。
 イギリス最初のタイ料理店は、1967年の「バンコク」という店だそうだ。以後、次々と開店し、現在(いつが、現在なのかわからないところがネット情報 の欠点だ)600店以上のタイ料理店がイギリスにあるそうだ。1973年に「S&P」出店という情報があるのだが、同名のチェーン店がタイにあるのだが、 あの店のことだろうか。
 さて、イギリスにおける日本料理店事情はどうかというと、最初の店は「アジムラ」という店で、1972年だという。現在150店あるというから、タイ料 理よりも出店は遅く、総数も少ない、つまりタイ料理よりもマイナーだということがわかる。まあ、このあたりの事情は、詳しく詰めないといけない事柄もある だろうが、一応、情報としてお伝えしておく。