271話 最近読んだ本の話 その1


 最近読んだ本の感想を書いてみる。
まずは、これだ。『タイ 中進国の模索』(末廣昭、岩波新書、2009)は、前著『タイ 開発と民主主義』(1993)の続編に当たる本で、それ以後の タイの政治や経済について解説している。末廣さんは研究分野の広さでも深さでも尊敬する研究者であり、平易な文章でわかりやすく書いてくれる貴重な存在で ある。
 それでも、ページをめくりながら、ふと窓の外をながめていることがある。もの足りなさを感じてしまうのだ。この本に限らず、タイの政治や社会について書 いてある他の人の本を読んでいても、いつも靴の上から足を掻いているような(隔靴掻痒)イライラした気分にさせられることがある。「素人が偉そうに」と言 う批難は承知で言うが、タイ政治の根本に足を深く踏み入れて書いていないと、感じるからだ。
 タイ研究者なら、もうこれだけで、私がなにを言いたいかわかるだろう。タイには、書きたくても、書けない事がある。だから、今後ともタイ研究を続けていく学者やジャーナリストには、酷な要求であることはわかっているが、なんともすっきりしないのだ。
 タックシン政権が悪かったというのは、取材したことがないのでよくは知らないが、きっとそのとおりなのだろう。タックシン以前の政権だって、金権・汚職にまみれていたのだから、程度の差はあれ、タックシン政権だけがひどい政権だったというわけではない。
 今日の、タイ政治の混乱の元凶は、軍部のクーデタであり、そのクーデタを国王が承認した。そして、マスコミ、インテリ、官僚なども、こぞってクーデター を賞賛した。それが民主主義かい? 軍事クーデタを賞賛する民主主義者? おかしくないかい。おかしいと思っていないから、クーデタを賞賛したのだろう。
 「タイは、民主主義など求めない」というなら、それはそれでひとつの態度だが、口では「民主主義」を叫びながら、軍のクーデタを賞賛し、首相府や空港の 不法占拠を堂々とやる非民主的行動を続ける団体について強く言えないのは、結局のところ不敬罪があるからだ。国王が承認したクーデタを、誰が批難できる か。不敬罪が乱発される現在のタイでは、言論人も「触らぬ神にたたりなし」「物言えば・・・」という態度をとるしかない。政治学歴史学社会学も、およ そ文系の学問は、そのタブーから逃れられない。だから、タイ語の書物のことは知らないが、『王権とタイ政治』や『王室とタイ政治』、あるいは『国王とクー デタ』といった本がまだ出版されていないのだ。
 タイに黄色シャツ集団が現れたころ、私は不愉快だった。黄色は国王の誕生日の色で、その色の服を身につけている集団は、王への忠誠心を誇示しているわけ だ。制服というのが、私は嫌いなのだ。思想を同じくする者が、同じ服を着るという発想と行為と排他性が、おぞましい。黄色のシャツを着ていない者を、反王 室思想であるかのように追い詰める圧力が、公務員には確実にあった。タイに黄色シャツを着た者があふれるようになって、私の不快感が増していった。王の威 を借る黄色シャツ団の存在が、息苦しかった。数年前からのそうした危惧や不安が、いま現実となって、タイは混乱のなかにいる。