291話 出藍の誉れ

 鶴見良行さんに会ったのは、たった一度だけ、それもわずか1分ほど立ち話をしただけだ。アジア関連のあるパーティーで、知人が紹介してくれて、やっと話をすることができた。1990年の春だったと思う。なぜ、会った時期をはっきり覚えているかと言えば、読んだばかりの『ナマコの眼』(筑摩書房、1990年)の話をしたからだ。
 私は『ナマコの眼』は、いつもレベルが高い彼の著作のなかでも、飛びぬけておもしろい作品だと思った。「ナマコから世界の過去と現在を見る」という発想がすばらしい。行動力も見事だ。しかし、ただ一点、気に入らなかったというか、不満だったのは、ナマコという食材をテーマにしているのに、食べる話はいっこうにでてこないことだ。ナマコから世界の歴史や経済を論じても、食文化を無視しているように感じたのだ。ナマコのうまい料理法を書いて欲しいというのではない。ナマコ料理がうまい香港のレストランガイドを書いて欲しいというのでも、もちろんない。
 『ナマコの眼』によれば、ナマコの産地である太平洋地域では、ナマコはほとんど食べず、もっぱら輸出用に加工されるそうだが、それでも一部では食べているようだ。だから、「食べている」というだけで終わらせずに、現地ではどうやって食べているのかも含めて、食文化の話を読みたかったのである。
 私がそう言うと、鶴見さんは「食べる話を書くと、グルメ本のように受け取られるといやなので・・・」と言った。「そうじゃないんですよ。お料理の本やレストランガイドを望んでいるわけではないので・・・」と、改めて説明をしていたら、横から男が現れて。「鶴見さん、この間のねえ・・・」と話しかけ、どこかに連れて行った。機会さえあれば、何時間でも、何日でも、いつまでも話をしていたい人だが、結局、これが最初にして最後の出会いとなった。
 鶴見さんは、バナナ、エビ、ナマコと食品をテーマにしつつも、実際に食べる話はほとんど書いていない。誤解やいいがかりと受け取られるかもしれないし、学閥でモノを言うのは不愉快だという人もあるだろうが、それでもこう言いたい。食文化を重要に考えないのは、古い時代の東大出身の学者の態度かもしれないと。学者は天下国家を論じるもので、生活に近い事柄など扱わないものだという思想が、あの鶴見さんの頭にもあったのではないか。
 もし、京大など関西の大学出身の学者が、民博(国立民族学博物館)で鍛えられたら、食文化に関連する記述は欠かさないだろうと、あの立ち話の感想だった。
 久しぶりに、そんなことを思い出したのが、『ナマコを歩く』(赤嶺淳、新泉社、2010)を読んでいるときだった。この本は、タイトルからもわかるように、鶴見さんが切り開いた分野を自分の学問にした傑作だ。自分で調べたことを、西洋の学者が書いた論文からの引用を繰り返すことなく、自分の言葉で書いている。はったりも、こけおどしもない。
 この本では、食材としてのナマコにもていねいに言及していて、「出藍の誉れですよ、赤嶺さん」と、一面識もない研究者に感動のあいさつをしたくなった。『ナマコを歩く』という本がどういう内容の本なのかは、すでに新聞や雑誌などに書評が出ているし、ネット上にも詳しい内容の紹介文がでているので、ここでは繰り返さない。
 実を言えば、この本を読んで、いまここに書いているような話を書きたくて、長らく中断していたこの「アジア雑語林」の再開を考えたのだ。しかし、その『ナマコを歩く』について書くためには、学者のダメな論文の話とか、あれやこれやと、前もって書いておかないといけない事柄があり、ついつい発表するのが遅れてしまった。読んでからだいぶたったが、その時感じた「2010年のベスト3に、確実に入る」という印象は、いまも変わらない。たぶん、ベスト1だろう。
 余談ですが、ナマコに関して、赤嶺氏よりも私のほうが勝っていることがたったひとつだが、ある。それは、乾燥ナマコを湯で戻した数だ。かつて私は中国料理店のコックで、ナマコやフカヒレを戻すのは、私の日常業務だったのである。