旅行や留学や仕事などで外国に滞在している日本人の様子を、日本の大使館員から見たらどう映るのかという興味で、いままで外交官モノの本を何冊か読んできているが、今回は『まじめ領事の泣き笑い事件帖』(西端国輝、文芸社、2006)。この本は、いままで読んだなかでは、タイトルも内容も、かなり変な部類にはいる。
著者は、1963年外務省入省。海外勤務は、ボンベイ、カルカッタ、ポートランド(アメリカ、オレゴン州)で、総領事部領事を務め、2001年退官という経歴の元外交官だ。
1980年、著者はボンベイの総領事館に赴任した。当時、日本や欧米で話題になっていたのが、バグワン・シュリ・ラジニーシが設立したアシュラム(修行道場)だ。アシュラムに入った日本人のことなどが書いてあり、内容の真偽はわからないので、それはそれでいいとして、気になったのは、「教祖バグワンは、・・・・・ひっそりとオレゴン州で死亡したと聞いています」という部分だ。ラジニーシは、1990年1月に、インドで死亡しているはずだ。その当時、「死亡した」というオレゴン州・ポートランドで、日本総領事館領事だったのが著者なのである。だから、著者が書いているように、オレゴン州で死亡したなら、当然知っているはずなのだ。知らないのに、「オレゴン州で」と書くのはおかしい。だから、この部分は、二重におかしいのだ。いい加減な人だとわかる。私はラジニーシの思想にはまったく共鳴していないので、信仰上の批判ではないことは、はっきりさせておく。事実関係がおかしいのだ。
あとは箇条書きにする。
●日本人学校は「公立学校として運営されています」(42ページ)
外国にある日本人学校が進出企業や個人の寄付と授業料などで運営している私立学校だというくらい、日本人学校とは何の縁もない私だって知っていることを、領事が知らないとはゲセない。教師は日本政府からの派遣でも、運営は私立学校なのだ。
ついでだから、日本人学校についてちょっと調べてみた。バンコクの日本人学校の場合、授業料は月額6500バーツだから、年間では日本円にすれば20万円強だ。ほかに、入学金や施設利用料など25万円ほどかかる。では、著者が言及しているボンベイ日本人学校はどうかと、ホームページを見ると、「日本円払いで、月額140000円」。年額の間違いだろうと思ってよく見たら、「年額168万円」と書いてある。これ以外に、諸々の費用を徴収されるから、公立学校であるわけがない。
●発展途上国には日本人学校があるが、先進国ではシンガポールを除いて日本人学校がないので、現地校に入学するしかない(162ページ)
元領事は、ロンドンやドュッセルドルフなどに日本人学校があることを知らないようだ。ニューヨークの日本人学校も、1975年に開校している。元領事は別のページで「日本人補習学校」という語を使っているが、正しくは補習授業校で、略称が補習校だ。
●エコノミーの航空運賃で携行できる重量は15キロまでで(54ページ)
領事は、自分で荷物を預けたことがないのか。重量制限など気にしたことがないのだろうか。ご承知のように、エコノミークラスは、アメリカ路線を除いて、20キロ以内。
●Dには無期懲役の判決が下されました(152ページ)
Dというのは、ポートランドで日本人留学生を殺した男。しかし、アメリカに「無期懲役」はあるか? 極刑といえば、死刑か、終身刑(懲役128年などというのも含めて)だろ。もしかしてオレゴン州にはあるのかもしれないが、調べられなかった。
こういうおかしな部分は、ほかにもいくらもあるのだが、私のこの文章を読んでいるあなたは、「その版元の本に、誤記を指摘しても始まらないよ」というだろう。まあ、たしかに、そうだ。粗製乱造の自費出版の会社の本ではあるが、本名(多分)を出して、顔写真も載せている元領事なんだから、原稿を読み返すことくらいしてもよかったと思うのだが、無理か。もともと知らないなら、読み返しても無駄だけど。ということは、正しい書名は『無知な領事の・・・』とすべきなんだな。