300話 経年変化ではないけれど・・・・音楽編

 突然、演歌が好きになってカラオケに通っているということはない。好きな音楽という点では、全体的にはそれほど変わらないが、ちょっとした変化はある。好きな音楽ジャンルが嫌いになったということはないが、バカにしていた音楽と、拒絶していた音楽に、親近感を感じるようになったということはある。
 バカにしていた音楽とは、いわゆるムードミュージックである。昔の喫茶店でBGMとして流れていた類の音楽だ。安手のものでは、スタジオミュージシャンの小遣い稼ぎのようなインスト(演奏のみ。歌のない歌謡曲といったもの)があり、有名オーケストラが演奏したものは、レコードも売れたし、ラジオでもよく放送していた。聴き流される音楽ではなく、ひとつのジャンルとして売ろうという考えがあったのだろうが、1970年代になると「イージー・リスニング」と呼ぶようにもなった。
 最近、ラジオなどでそういうジャンルの音楽を聴き、オーケストラの名がアナウンスされると、懐かしさを感じている自分に気がつくことがある。
カラベリときらめくストリングス
フランク・チャックフィールド
パーシー・フェイス
ビリー・ボーン
フランク・プールセル(プゥルセルが正式表記らしい)
 こういう名を耳にすると、ちょっと心が温かくなる。深夜のテレビで、こういうジャンルのCDBOXセットの通販を見かけると、さすがに買おうとは思わないが、しばし音楽の海に身を沈めたくなる。私にとっての、懐メロである。映画の音楽が、「映画音楽」という大ジャンルだった時代の名曲が詰め込まれ、音楽とともに映像が浮かぶのである。
 昔は苦手だったが、いまは積極的にCDを買っているというのが、クラシックであり、白人のジャズだ。
 中学生のころから、R&Bが好きだった。黒人音楽が好きになったせいか、ロックは物足りなくて、現在までロックのレコードやCDを買ったことがない。高校生になって、ブルースやジャズを聴くようになっても、汗を感じない白人のジャズはおもしろくなかった。
 それがここ10年ほどで、だいぶ変わってきた。きっかけはバッハを聴くようになったことだ。その流れでMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)を聴くようになった。ジャズコンボのバッハである。昔は、「黒人が白人のマネをして、タキシードなんか着て、気取ってんじゃないよ」と思っていたMJQが、中年になると、「これはこれですばらしい」と感じるようになった。
 MJQと、ピアニストのジョン・ルイスのソロCDなどを聴いているうちに、CDショップで、”Bill Evans Trio with Symphony Orchestra”を見つけた。これも、バッハだ。
 その後、クラシックとは関係なく、ビル・エバンスを聴くようになった。昔から知っているピアニストだが、きちんと聴いてみようと思ったことがなかったのだ。
 中年になってビル・エバンスを聴くと、心にしみる。だから、あのとき、ちゃんと聴いておけばよかったと思うのである。あのときとは、日本やアメリカなどが参加をボイコットしたモスクワオリンピックの年、1980年。ニューヨークの、たぶんビレッジバンガードだったと思う。入場料代わり飲み物は、ハイネケンの小瓶が12.5ドルだったか、13.5ドルだったか。1ドルが220円ぐらいだったから、安くはないが、日本でのコンサートなら、入場料はもっと高くなるし、ここなら私の席からピアノまで2メートルだから、相対的に言えば、高くはなかった。
 その夜、さほど興味がないはずの、ビル・エバンス・トリオを聴きに行った理由は思い出せない。たまたま通りかかって、立ち寄ったのだろう。
 その夜の演奏は、つまらなかった。本当にひどかったのか、それとも私のジャズ力不足のせいで、充分に受け止められなかったのか、どちらだかわからないが、ドラムがうるさく、ベースが居眠りしていたということ以外、たいして覚えていない。
 あの夜からしばらくして、ビル・エバンスは亡くなった。今年が没後30年ということで、各種CDや本が出ているのを知って、久しぶりにニューヨークの夜を思い出した。