353話 これは、陰謀なのか、それとも単なる忘却なのか 

 つい最近、私のまわりでちょっとした事件が連続して起きた。読みたいと思った本がなかなか見つからないというのはよくあることなのだが、今回見つからない本は、重要度においてSクラス、つまり最重要資料に入る本なのだ。このひと月ほどの間に行方不明だと判明した3冊の本は、すべて重要文献として、同じ本棚に永久保存してあるはずなのだが、なぜか見つからない。決まった本棚から移動させるということはありえないはずだが、今まであった棚にないということは、誰かが移動させたということで、その誰かがこの私以外に考えられないというのが、なんとも残念だ。
 3冊とも、家から出る(つまり、誰かに貸す)ということはないから、時間をかけてていねいに探せば、いつか見つかるだろうとは思う。その本が、どうしても読まなければいけない本で、古本屋にも図書館にもないとか、古本屋にあるが、えらく高いという場合なら探すこともあるが、ネット古書店で比較的安く買えるなら、「買ってしまおうか」ということになる。
 今回買い直した3冊の本を、出版年の若い順に紹介してみよう。
『パスタの迷宮』(大矢復、洋泉社新書、2002)・・・パスタの歴史などに関して、日本語の文献ではおそらくもっとも詳しい本だろう。パスタ図鑑やお料理本は多いのだが、その歴史を詳しく書いた本は少ない。パスタについて詳しく知りたいという人は少ないから、その方面の本は少ない。その事情は、英語やイタリア語の本でも同じらしく、誰もが資料にする参考文献は数冊しかないらしい。というわけで、この新書は日本でもあまり売れなかったらしく、ブックオフでもついぞ見かけたことがなく、どうしても再読したくなって、ネット古書店に注文することになった。
 『B級グルメが見た韓国』(文藝春秋編、文春文庫、1989)・・・もし、「韓国・朝鮮関連書ベスト10」を選ぶとすれば、そのなかに確実に入る本だ。出版時にすぐさま買ったこれほどの名著が、我が書棚の「韓国書」コーナーでも「食文化」コーナーにもないから、あわてたのだ。文春文庫ビジュアル版の「B級グルメ」シリーズはすべて買っていて、いまも本棚に並んでいるのだが、なぜか「韓国」編だけが見つからないのだ。カレーがかかったのり巻きの写真が表紙で、刺激的だったが、内容は深い。昨今の韓流グルメ本とはレベルが違う。
 『ソウル遊学記 ―私の朝鮮語小辞典』(長璋吉、北洋社、1975)・・・韓国語のことで、確認したいことがあって、本棚でこの本を探したら、ない。なんで、この本が見つからないんだ! と激怒しても始まらないのだが、不思議だ。この本の来歴を紹介しておくと、そもそもは『私の朝鮮語小辞典 ―ソウル遊学記』として、1973年に北洋社から出たのが最初。その後、増補版として発売されたのが、『ソウル遊学記 私の朝鮮語小辞典』(1975)で、私が持っているはずの本がこの版だ。
 この本は高く評価される割に売れず、しばらくして絶版になる。しかし、熱心な支持者がいて、1985年に河出文庫から『私の朝鮮語小辞典 ―ソウル遊学記』として発売された。今回私が古本屋で買ったのはこの版だ。文庫版発売当時、この本を待ち望んでいた読者が多かったらしく、出版後すぐに増刷されたが、韓国にそれほどの興味はないという人でもおもしろがる内容ではないので、爆発的に売れるようなこともなく、そのまま「品切れ、増刷未定」となる。しかし、少数ながらこの本の素晴らしさがわかる人がいて、2002年に新装版として発売されている。
 『私の朝鮮語小辞典』のことを調べていて、北洋社という出版社が気になった。いままで気がつかなかったが、この会社の本を比較的読んでいるのかもしれないと思い、例によって国会図書館の蔵書資料から、私が読んだことがある北洋社の本リストを、出版年順に書き出してみた。
 『ソウル実感録』(田中明、1975)
 『私たちのインド』(辛島貴子、1976)
 『サンパウロからアマゾンへ』(本田靖春、1976)
 『世界のことば』(トレードピア編集部編、1977)
 『新西洋事情』(深田祐介、1979)
 『星降るインド』(後藤亜紀、1979)
 北洋社の本は、1980年を最後に出版されていない。