356話 校正・校閲、あるいは編集者の仕事  3

 職業柄、日本語など言語に関する本や、校正について書いた本などもよく読むのだが、校正エッセイの傑作と言えば、元校正者で現小説家が書いた『活字狂想曲 怪奇作家の長すぎた会社の日々』(倉坂鬼一郎、時事通信社、1993。のち幻冬舎文庫、2002)だ。編集者やライターでないと、そのおかしさがよくわからない楽屋落ちの部分が多いが、だからこそ、出版関係者には抱腹絶倒の内容だ。もしも業界内未読者がいたら、ぜひ読んでみるといいとお勧めしたい。校正などの実用書は多いが、最近のものでは『日本語のまちがい探し』(高井ジロル、日本文芸社、2011)がおもしろい。
 校正・校閲の本で思い出すのは、毎日新聞校閲記者たちが書いた『字件ですよ! 校閲ウンチク話』(毎日新聞ことばんく編、毎日新聞社、1993)だ。このなかに、記者が何重にもチェックしたにもかかわらず、最終段階でやっと間違いに気づき、印刷直前になんとか訂正できた例を4つあげて、「どこが間違いか考えてください」と、その文章を提示している。そのひとつが、これ。
「社長は、寸暇を惜しまず何でも吸収しようという積極的な姿勢で、とにかく時間があれば動いている」と秘書。
 4問とも難易度は低く、この問題も正解はすぐわかるのだが、他の問題では正解はひとつなのだが、この問題だけ正解がふたつあるというのは変だ。正解欄を見ると、「寸暇とはわずかなひま。『寸暇を惜しんで働く』もので、『惜しまず』だと、少しくらいの時間はどうでもいいということになるのでは」とあって、正解は「寸暇を惜しまず」→「寸暇を惜しんで」だという。ということは、例文の「とにかく時間があれば動いている」は正しいということになるのだが、やはり、ここは「働いている」が正しいだろう。「動いている」が完全に間違いだとは言い切れないが、やはり「働いている」が適切だろう。多分、例文の校正ミスだろうと思う。何人もの校閲記者が書いた本だけに、これは痛い。
 さて、誤字、あるいは編集ミスのちょっと珍しい例をつい先日見つけたので、紹介してみよう。同業者として、他人のあげ足を取るようで心苦しいのではあるが、具体的に書かないとその内容がまったく伝えられないので、不本意ながらはっきりと書くことにしよう。関係者の方々、ゴメンナサイ。
 大書店の料理書棚を見ていたら、『韓国を食べて韓国を知ろう』(中村欽哉、柘植書房新社、2003)という本を見つけ、「確か、この本はとっくに読んでいるはずだが・・・」と思いつつ、発行年月日を確認しようと奥付を見たら、書名の欄にテープ状のものが貼られ、「韓国を食べて韓国を知ろう」と印刷してある。ということは、隠されている元の書名に何か問題があったということだろう。誤字か、印刷のズレか、とんでもない間違いがあったということなのか、まるでわからない。じつは、このように奥付に印刷したテープが貼ってある例はたまにある。出版社名や住所が変わったりした例を、私は知っている。
 この奥付を蛍光灯に透かして見ても読めないから、それ以上の好奇心は発揮しない。だから「ああ、何かあったんだな」というだけで終わるはずだったのだが、書棚に同じ本がもう一冊あったから、好奇心が止まらなくなった。そっちの本の奥付を見ると、テープは貼ってない。そこには、本のジャケット(俗にカバーと呼ばれるもの)に印刷してある書名『韓国を食べて韓国を知ろう』とは別のタイトルが印刷されていた。『韓国の酒を飲んで韓国を知ろう』と印刷してある。この書名で印刷されたのに、なにか問題があって、『韓国を食べて韓国を知ろう』と印刷したテープをその上に貼ったというわけだ。奥付の原稿に間違いがあったのかと、ジャケットをはずすと、裸になった本には『韓国の酒を飲んで韓国を知ろう』と印刷されていた。つまり、出版後に、この書名に問題があって、ジャケットを刷り直し、本の奥付にテープを貼ったということのようだ。ジャケットと本体で書名が違うというこの場合、ジャケットは取り去る習慣にしている図書館では、どうしているんだろう?
 ちなみに、本に巻きつけてある紙を俗に「カバー」というが、正確にはジャケットという。英語のCoverは出版用語では表紙のことだ。
 確認のため、アマゾンでこの本を調べたら、新たな事実がわかった。アマゾンでは、この本は『韓国を食べて韓国を知る』になっている(普通なら、間違い部分の色を変えたり、太字にしたりするのだが、そういう操作を原稿でしても、ネット上に発表した段階で、なぜかきれいさっぱり消えてしまうシステムなので、わかりやすくできない。すまぬ。注意してお読みください)。ジャケットを写した写真では、『韓国を食べて韓国を知ろう』になっているから、ややこしい。アマゾンを調べてわかったことはあとふたつある。ひとつは、この著者が翌2004年に同じ出版社から出したのが、『韓国の酒を飲んで韓国を知ろう』だった。2004年に出す本のタイトルを、2003年の本につけてしまったということだろうか。もちろん、そのいきさつはわからないが、アマゾンでいろいろ調べた結果、発売時に2冊ともすでに読んでいることを思い出したのが2番目の事実だが、例によって現物は自宅書棚では見つからない。