377話 I will be seeing you

 音楽の楽しみ方に「聴き比べ」というのがあって、私はけっこう好きだ。ある曲を別の人は演奏すると(あるいは歌うと)、どんな世界を見せてくれるのかが楽しいので、昨今流行の「過去のヒットソングを歌ってみました」というだけのCD(類似企画が数多くあるが、その代表的歌手が誰かわかりますよね。売れているんだよなあ)には、まったく触手が動かない。あれは、カラオケで歌うのを聴かされているようなものだ。元の曲に寄りかかって売ろうという意図だから、元の音楽からできるだけ離れないようにしているのだろうと思う。それが、私には物足りないのだ。私は、耳馴染みの歌手とは別の個性に出会いたいのだ。
 ときどき、ふとスタンダードナンバーの曲名が頭に浮かぶと、しばらくYouTubeで遊びたくなる。今夜ふと思いついたのは、”I will be seeing you”だ。この曲は、何といってもビリー・ホリデイの名唱が有名で、他の歌手と競わせるのは無理な企画かもしれないと思いつつも、YouTubeで遊んでみることにした。まずは、天下の名唱をお聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=rXLB32n6lq8
 I Will be seeing youというのは、see youとほぼ同じ意味で、「では、また会いましょう」「さようなら」なのだが、この歌の場合は「また会えるでしょう」あるいは「また、会いたいなあ」というニュアンスだろうか。
 この歌はじつに多くの人が歌っている。ジャズ歌手のものがいいかと思ったのだが、聴いてみると、サラ・ボーンもエラ・フィッツジェラルドもそれほどいいわけでもない。ロッド・スチュワートは悪くはないが、やはりカラオケで歌っているような感じだ。
 シンプルな歌詞だから、何度も聴いていると、意味はだんだんわかってくる。インターネットには訳詞もでているが、単純な恋愛の歌ではなく、第二次大戦中は戦場に行った人を思う歌として解釈されたらしい。
http://d.hatena.ne.jp/wineroses/20100926
 とすると、「また会いましょう」「また会えますね」と言っても、もう会えない人に「また会いたい」と語りかけているのか、もうすぐ会えそうな人に「会えますね」と言っているのかで、意味はまったく違う。会いたいが、もしかしてもう会えないかもしれない不安な気持ちだと解釈することもできる。
 そんなことを考え始めたのは、地震津波の被害を受けた東北地方の人は、この歌をどういう風に聴くだろうかと考えてしまったからだ。いまはまだ東北では歌いにくいのかもしれない(いまの東北にもっともふさわしいのは、この歌よりも「ホンダラ行進曲」なのだが、放送する勇気のある局がどれだけあるだろうか)。
 そんなことを考えていると、YouTubeに知らない歌手が歌うこの曲のリストがあったので、クリックしてみた。クイーン・ラティファQueen Latifah)は、ヒップホップなどを歌う有名な歌手らしい。これがいい。映像に引っ張られたという点で、ルール違反なのだが、いいことにしよう。この歌は、2009年のアカデミー賞授賞式で歌ったもので、2008年に亡くなった映画人の映像を写しながら、舞台で歌っている。ちょっとでもアメリカ映画になじみがあれば、泣けるシーンが現れる。
http://www.youtube.com/watch?v=ybeg0xYutXU&feature=related
 だから、この歌は、「あなたを見ていますよ」にもなるし、「また、あなたに会いたい」にもなる。そして、「さようなら」と、別れの歌にもなることを、この映像は教えてくれる。
 もし、初めてビリー・ホリデイを聴いて、「うん、いいなあ」と感じたら、これもお勧めします。I’m a fool to want you.
http://www.youtube.com/watch?v=iNgy5zDtW-s&feature=related