399話 取材旅行の功罪

 NHKのハイビジョン特集「人生のロングトレイル ―アメリカ3500キロメートルの道のり」が、今年3月に再放送されたらしい。最初に放送されたのは2007年9月で、このときの記憶がいまも強く残っている。アメリカの東を南北に走るアパラチア山脈を巡礼のごとく歩く人々を取り上げた番組だった。予備知識などまったくなく、ただ、たまたま見たにすぎない番組だった。心の傷を癒そうとしたり、何かを目標に黙々と歩く人々の姿がまさに巡礼なのだが、四国のお遍路やスペイン巡礼(サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼)とは違い、こちらは山歩きであり、距離も長く、過酷な旅になる。
 このアパラチア・トレイルについて知りたくなって、まず読んだのは『ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験 ――北米アパラチア自然歩道を行く』(ビル・ブライソン、仙名紀訳、中央公論新社、2000年)だが、この地が巡礼の場になる歴史など、私が知りたかったことは書いてなかった。
 その後、インターネットで調べると、アパラチアン・トレイルについて実際に踏破した人の記事が見つかったが、モニターで読むのはつらいので、そのままにしていた。
その人が書いた本が近所の図書館の蔵書リストにあったので、さっそく借りてきた。『メインの森をめざして ――アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』(加藤則芳、平凡社、2011)だ。2005年の4月から10月までの187日間に、3500キロの山道を歩いた記録だ。
 この本でも私が知りたいことは書いてないので、ここでは、書評ではなく、読後感を書いておく。
 まず、長すぎる。四六版(単行本によくあるサイズ)、二段組み、640ページというのは、一般の本と比べて相対的に長いのだが、それでも内容に変化があれば読めない長さではない。この本は、基本的に山歩きの日記で埋まっているから、ただ長いだけでなく、単調で飽きる。けっしてつまらない本ではなく、アメリカ文化とかバックパッキング文化史の考察など興味深い記述もあるが、時間的な問題もあるのだろうが、出会った人の話にはあまり踏み込まないのが残念だ。
 普通の編集者なら、最大でもこの半分の原稿量にしたいと思うだろう。「あとがき」によれば、著者はALS(筋委縮性側索硬化症)という難病にかかっていて、もはや山旅など二度とできないということで、編集者が温情として、「この機会に、書きたいことを全部書いてください」と考えたのかもしれない。だから、私も温情を全面に出せば、「これも、よし」と言いたくなるが、やはり、長く単調なことは確かだ。日々の日記を集めれば、一冊分の本に充分な原稿量にはなるが、おもしろい本になるとは限らない。長い旅を文章化するには、それなりの工夫が必要だ。
 単調な内容になった理由は別にもある。雑誌連載のためのトレイルだったからだ。カメラなど撮影機材とパソコンをバックに入れているから、荷物が重い。普段はテントで寝ているが、ときどきホテルに泊まり、原稿を書き、パソコンで日本に送る。ひとことで言えば、スポンサーがいることの制約があるので、A地点からひたすらB地点に、予定どおり移動するだけの記述になりがちだ。著者はそのことはよくわかっているようだが、それでもスポンサーつきの旅を選択した。その弊害が、紙面に出ている。
 横断物の旅行記では、最近出た『ユーラシア横断1万5000キロ ―練馬ナンバーで目指した西の果て』(金子浩久、二玄社、2011)はロシアからポルトガルまでのドライブ記録なのだが、スポンサーをつけずに自費でオンボロ車を買って旅に出た。スポンサーつきだと、旅が自分のものにならないからだ。自費で旅するなら、途中でやめてもいいし、進路を変更してもいい。スケジュールに縛られることもないが、資金不足のつらさにたっぷり痛めつけられることにはある。
 それでも、私はそういう自由気ままな旅が好きだし、そういう旅をした旅行記なら読みたくなる本もある。