414話 『この便所で、クソするな』 前編

 恒例により、今年も便所本検索をしてみた。日本語の便所関連書は、読みたい本や読むべき本は、論文集や私家版を別にすれば、おそらくもうほとんどないと思う。かつて乃木坂にTOTOの資料館があったときに、何度も通って多くの資料に目を通し、TOTOの社史などめぼしい非売品の資料はコピーをした。京橋のLIXILブックギャラリー(旧名 INAXブックギャラリー)などは、定期的に書籍チェックをしている。だから、日本語の本もたまには調べるが、主にアマゾンの「洋書」で、トイレに関するいくつかの単語で検索するというのがいつもの遊びだ。そこで見つけたおもしろそうな本を次々に注文し、到着した順に紹介する。まずは、この本だ。
 “No Shitting in the Toilet” Peter Moore , Bantam Books , 2002(初版は他社から1997)
 ネット書店では内容はわからないが、表紙に野外便所のイラストがあるから、一種の便所本だと思いすぐさま注文した。もちろん、安かったからすぐさま注文したのだ。本が届いて内容を確認したら、ああ、便所本じゃなかったと気がついた。タイトルを見たとき、”No Sitting・・・“と誤読してしまったのだ。ここのところ、トイレで座るかしゃがむかといったテーマを考えていて、つい連想がそっちの方に行ってしまったのだ。当然ながら、”shit” の方がはるかに便所本らしいのだが、あまりに直接的なので、”sit”の方に連想が働いたのだ。
 この本はいくつかの出版社からも発売されていて、よく調べればアマゾンで内容確認ができたのだが、そういう確認作業をせずに、「まあ、いいか」と”1-Clickで予約注文する“をクリックしてしまったのだ。
 著者ピーター・ムーアは、オーストラリア出身の旅行作家だ。旅行記のようなものを何冊も書いているようで(日本語への翻訳はない)、彼自身のサイトもあるが、私はまったく知らない作家だ。
 さて、この本のタイトル、『この便所で、クソするな』は、中国は雲南省大理の“Jack’s Café”のトイレのドアにペンキで殴り書きしてあった文句だ。「使用禁止」でも「使用できません」でもなく、あまりにあけっぴろげで直接的な表現に感動して、自分の旅の本のタイトルにしたのだという。この表示の、「非論理的、非理性的、へそ曲がり具合が、ボクの旅そのものだと思ったからだ」。
 この本は、バックパッカー旅行のコラム&エッセイである。内容的にやや似ている本といえば、『りっぱなバックパッカーになる方法』(シミズヒロシ、情報センター出版局、2000)だろうか。拙著『アジア・旅の五十音』に近いとも言えるが、この2冊の本よりも、はるかに強い毒と皮肉と笑いがある。
 旅に関して、「なぜ旅にでる」「いつ行くか」「どこに行く」「カネの話」「食べること」「飲むこと」「ビザについて」「ガイドブックについて」「旅の音楽」など、24の項目について、自作の質問に自分で答える総論があり、その後に、たとえば「旅にでる10の理由」といったようにトップ10のコラムがついている。この英語が、シャレや皮肉や毒舌が混じり、貧弱&貧相な我が中3英語力ではなかなか理解できない。「田中真知・英語力アプリ」というものがあって、高野豆腐のような我が頭脳か、我が安物PCにダウンロードできるなら、すぐさま購入したい。そう思うほどこの本の痛めつけられているのだが、それでも読むのをあきらめないのは、じつに興味深い内容だからだ。
 英語を日本語にすれば、難解な文章ではない。簡単に読むことができる。しかし、日本にはバックパッカー文化に興味がある人が8人しかいないから、翻訳しても売れない。売れない本は、出版されない。旅行が好きな人は多く、旅行記を書きたい人も多いが、バックパッカー旅行の歴史や思想に興味のある人や、例えばガイドブック比較論といったテーマに関心を抱く人は、トラベルライターや観光学研究者などのなかにさえ、残念ながら、日本にはほとんどいない。
 長くなったので、詳しい内容は、次回に。