426話 バンコク1991年2月  ―活字中毒患者のアジア旅行

 
「おい、どうしたわけだ!」と嘆きたくなる。いつもなら、バンコクに来て第1回本屋巡りをやれば、すぐさま段ボール箱1個分くらい読みたい本が見つかって、そのなかから、とりあえず、今買っておかないといけない本を厳選して買い集めているうちに、結局はひと箱分の本を買ってしまい、そろそろ荷造りをして、1回目の船便発送を終える頃だ。
 今回の滞在では、3か月目でまだ10冊くらいしか買っていない。多く買うのが目的ではないから、量の話はまあどうでもいい。何冊か質の高い本が手に入ったが、研究者用の本なのでここで紹介するのはやめておこう。
というわけで、本の話はやめて、バンコク雑談。
バンコクは、変わらないと言えば変わらない。交通渋滞は相変わらずだし、運河の悪臭も相変わらずだ。しかし、変化に注目すると、これはすさまじい。バンコクは、まるで爆撃を受けたかのように、そこらじゅうが、がれきの山だ。古いビルも(中華街を除けば、バンコクに古いビルなどほとんどないのだが)、それほど古くないビルも次々と破壊して、新しいビルと新しい道路を建設している。
●きょう、散歩の途中に焼け跡を見た。古い住宅が密集していた地区だ。多分、放火だろう。住民たちが立ち退きに応じないと、最後にはこういう結果が待っている。建設ブームの昨今、やたらに火事が多いのが、高級住宅地での火災は聞いたことがない。
●警察に、強大な権力を持っている犯罪制圧部というのがある。その部長室が爆破された。新部長が警察内部の犯罪捜査を開始したからだというのが、新聞の噂だ。警官は賭博場や売春宿やナイトクラブなどを恐喝し、あるいは自ら経営して副収入を得ている。警察内部で重要なポストにつけば、それだけの副収入が保証されるので、そのポストが高額で取引される。そのためにも、警官はカネを稼がなければいけないのだ。どこの警察署の署長だといくらという具合に、相場が決まっているらしい。そこに手をつけようとした犯罪制圧部が、警官によって襲撃された。
●タイにチンピラはいても組織暴力団がないのは、軍と警察がその役割をはたしているからだ。
●やっとデパートが休み始めた。11月下旬か12月初めから無休で営業していた。朝10時から夜9時か10時までの営業で、労働事情はけっして良くはないだろうから、社員がゆっくり休めればいいがと思う。
●デパートといえば、今年もまたできる。日本系だけでも、ジャスコが2店に八百半と伊勢丹が出店する。阪急が関わっているスーパーマ―ケットはもう開店している。そごうの別館は、今もまだ工事中のグランド・ハイヤット・エラワンの一角に開店した。またしても「えらそうな」という外観だ。扱う商品の値段は銀座と同じ、地下のレストランの値段がまたすごい。タイ人の溜息が聞こえる(ホントだよ)。もし今また反日デモが起こるとすれば、今度は大丸前じゃなくて、ここだな。
イラククウェートに侵攻した湾岸戦争の影響で、タイからアラブ人の姿が消えた。イスラム教徒を自称しつつ、酒と女を求めてタイに来ていたアラブ人の約半数は、サウジアラビア人とクウェート人だという新聞情報もある。アラブ人街でも昨年からアラブ人は少なくなっているが、その代わりに非アラブのアフリカ人イスラム教徒の姿が目に付く。アラブ人御用達のグレースホテルを覗くと、アラブ人客の代わりに、韓国人や台湾や香港からの客がロビーにいた。
●何の根拠もなしに言うが、ここ1.2年のうちにバス代が3バーツに統一されると思う。現在は、2 バーツ、3バーツの2段階料金に、夜間の3.5バーツというのがあって煩雑だ。バス公社は、今年から女性専用バスを運行すると発表したが、実現するのはいつになることやら。
●今は涼季なのに、あまり涼しくない。水浴びがつらいと感じたのは3日しかなかった。世界的に温かいのだとすれば、今年の暑季(4 , 5月)はいったいどうなるというのだ。でも、まあ、タイが灼熱の季節を迎える前に、私は春の日本に帰国するから、どうでもいいのだが。 (1991)
付記:栄枯盛衰。「祇園精舎の鐘の声・・・・」と、『平家物語』の冒頭を引用したいような気分だ。そごう、ヤオハン、大丸はすでにない。デパートやホテルなど、日系の大看板が消え、そのかわり日系ファーストフード店の興隆が起きている。
 タイ研究者によれば、最近のタイ国軍は麻薬など闇商売にはあまり手をだしていないそうだ。警察は、もちろん、まだ・・・。
タイ政治の研究書で仕入れた情報によれば、タイに警察ができた19世紀末、政府はほとんど予算をつけなかった。「カネがない」というのはその理由で、だから警察は独立採算で活動資金を稼がなければならなくなった。無線や自動車といった備品も、警官の福利厚生費も、自力で稼ぐ方式になっているために、国民や企業などから絞り取るか、裏稼業で稼ぐというわけだ。こうしたシステムを作ったのは政府なので、政府は口出ししないのだ。江戸時代の「岡っ引き」(目明しともいう)も、ヤクザが無給でやっていたのだから、まあ変わらないか。タイの警察や軍の裏側に興味のある人は、次の本をお勧めする。著者のパスックは有名な政治学者で、著書多数。”Corruption and Democracy in Thailand” by Pasuk Phongpaichit & Sungsidh Piriyaranfsan , The Political Economy Centre , Faculty of Economics , Chulalongkorn University , 1994  この本は、日本のアマゾンでも手に入る。
 女性専用バス(ラッシュ時のみ運行)は、2000年に導入されたようだ。ラッシュ時にはバスに乗らないようにしているので、気がつかなかった。