462話 ジェット・ストリームの時代

 
 テレビから気になる音楽が聞こえてきた。記憶の奥底にある音楽なのだが、演奏者も曲目も、まったくわからない。歌がない演奏だけの音楽だから、歌詞から題名を探るということもできない。
 気になってしかたがないので、インターネットで検索してみることにした。テレビの画面の記憶を検索語にしてみた。
 [化粧品 CM 松田聖子 音楽]
 これで、すぐにわかった。私が知りたかった音楽は、Art of NoiseのRobinson Crusoeだということがわかった。YouTubeで確認すると、まさしくそうなのだが、演奏者にも曲名にも、まったく心当たりがない。  http://www.youtube.com/watch?v=1dfZri8kqtc
 なぜ、この曲に反応したのだろうか。記憶のウロコも触れたのは、いつだ。どこでだ。
シンセサイザー音楽に親しみを感じる音楽生活をしたことがないのに、なぜこの曲が心に引っかかったのか調べてみると、FMラジオの番組「ジェット・ストリーム」のなかの「ミッドナイト・オデッセイ」というコーナーのエンディング曲として使われていた曲だとわかり、謎が解けた。昔からよく聞いていた番組だから、記憶に残っていても不思議ではないかと思ったが、この曲が番組内で使われていた最後は、1994年だという。20年ほど前に、週に一回金曜日に放送されていただけのコーナーのエンディング曲を覚えていたということになるが、私はそれほど音楽記憶力が強いのだろうかと大いに疑問ではあるが、ほかに糸口は見つからない。
 ジェット・ストリームとは、1967年にFM東海で放送が始まり、現在もTOKYO FMで放送が続いている深夜番組だ。http://ja.wikipedia.org/wiki/JET_STREAM
私は試験放送だったFM東海時代から聴いた記憶があるが、熱心な聴取者ではなかった。高校生が聴くには、大人の雰囲気が強すぎた。ジャズが流れていたのなら喜んで聴いたが、あの番組で放送されていたのは、おもにムードミュージックだった。この手の音楽は、のちに「イージーリスニング」などと呼ばれるようになるが、「大人文化」を嫌っていた高校生には、あまり肌に合わなかった。
 日本航空がスポンサーの番組で、海外旅行をテーマにしているから、ほかの番組なら「DJ」とか「案内役」という役目の人物は、ここでは「機長」ということになっていた。その機長、城達也の声もしゃべる内容も、「カッコつけんじゃないよ!」と言いたくなる気分と同時に、海外旅行に誘われる甘美な雰囲気に包まれてうっとりする自分もいて、10代末ころに覚えた言葉でいえば、二律背反(アンビバレンス)ということになる。
 城達也が機長だった時代(1967〜94)の放送はCDとなって発売されるほどの人気番組で、YouTubeででもたっぷり聴くことができる。昔々の高校生が「いい歳のおっさん」あるいは「初老」となっても、やはりあのナレーションは気恥ずかしい。あのナレーション原稿を書いていた人物と同じ業種の人間になった今でも、原稿を書いた人とディレクターに、「気取ってんじゃないよ」と言いたくなるが、この「気取り」が、あの時代だったという記憶もある。雑誌「an an」や「non-no」にしても、無理して格好つけるのがカッコいいという時代だったような気がする。
 「パリ。マロニエ。リュクサンブール。パレ・ロワイヤル。サクレクール。カフェ・・・」
 ムード音楽にこういう単語を並べたナレーションだけで、甘い海外旅行に誘いだすことができた時代である。放送当時のジャルパックのCMもそのままCDに入っているから、日本人の海外旅行史研究者としては、有効な資料になる番組である。そういう意味では、とてもおもしろい。
 で、今はというと、大沢たかおの「声を作りすぎたナレーションが最悪だ」とは思いつつ、毎夜とりあえすラジオの周波数はTOKYO FMに合わせる。