471話 こそくなツアー

 前回に続いて、新聞の旅行広告で見た「変なもの」について書きたい。変なものであり、姑息(こそく)、小細工、いかがわしい旅行内容に関する話だ。
ある日、新聞のツアー広告に目が止まったのは、「バンコクで市内観光に参加すれば、5000円引きです」という注意書き。「市内観光のオプショナルツアー 5000円」というならわかりやすいが、市内観光をすれば安くなるという不自然さが一般人にはわかりにくい。
 逆の注意書きは、何度も見た。「市内観光不参加の場合は、旅行費用が1万円加算されます」というものだ。あるいは、「このツアーは、免税店とお土産店2店に立ち寄ることが参加条件です」と明記してあるツアーだ。
なぜ、こういう注意書きがあるのか。理由は簡単だ。客に買い物をさせて、その何パーセントかを旅行会社やガイドに払い戻されるシステムになっているからだ。このカネを、旅行業界の用語でKB(Kick back)という。
 客が買い物をした総額から、10%なり20%なりが、KBとなって払い戻されるのだから、当然ながら、商品の値段はその分上乗せされている。高い商品を買わされるわけだ。
 こういう旅行システムを、現地の旅行会社側から見ると、こうなる。例えば、Aという街に滞在するツアーが10万円で売られていたとする。ところが、ツアー料金の安売り競争の結果、その料金は原価だ。儲けがないだけではなく、バス代やガイドの日給もないのだ。原価販売を「ゼロ発進」などと言ったりするらしい。マイナス発進というのもあるだろう。A市で営業している旅行会社は、このツアーを受け入れるが、儲けはない。だから、空港とホテルとの往復や市内観光の、バス代も運転手代もガイド代もゼロ、つまり旅行代金では賄えないということだ。そういう費用と利益を、客に買い物をさせることで収支を合わせようとするのが、このシステムだ。日本の旅行会社もKBを利益と考えて、料金設定をすることもある。
 場所による違いはあるが、ある国の場合は、空港で客を待っているバスは土産物屋所有のもので、運転手もガイドもそこの社員(あるいは契約関係)ということがある。旅行会社が客を店に送ることを条件に、土産物屋がバスを用意するというシステムだ。だから、土産物屋に行かないツアー客がいると、旅行会社としては困るのだ。
 このほか、現地旅行会社の利益の上げ方をある程度は知っているが、「あなた任せのツアーに参加した必要悪」とでもいうしかない。姑息なツアーに参加したくなければ、だれにも頼らない個人旅行をするしかない。利口な人は、そういうシステムになっていることはわかっているから、店には行くが何も買わないという行為で対抗するのである。
 旅行会社の社員たちによる海外旅行座談会の記事ややエッセイなどを読んでも、こういう話は出てこない。添乗員が書いた本はいくらでもあるが、こうした現実の話はまず出てこない。旅行先の土産物屋やレストランなどで、お小遣いをたっぷりもらって来た添乗員の話を直接聞いたこともあるが、文章にすることはない。ツアー客を店に入れたら、入口を閉めて、勝手に出られないように軟禁して、買い物を強要するというツアーもあるが、旅行業界の人間が実名でそうした事実について触れることもない。
 それでも、日本の旅行会社や、日本人相手の現地旅行社の場合は、まだ良心的だなあと思えるのは、中国人(台湾なども含む)ツアーのシステムがひどいからだ。これは、日本に来る中国人ツアーにも存在するシステムだ。例えば、20人の客がその国に来るとする。そのツアーを受け入れる現地旅行社は、客一人当たり、例えば100ドルなり200ドルなりを本国の旅行社に支払うのである。つまり、客を買うのだ。だから、その支出額プラス収益を得るために、ありとあらゆる手段で、客にカネを使わせるのである。金額の高いものほど収益率が高いから、宝石、女、医薬品や健康食品(ニセ薬も含む)などを無理やり買わせて、利益を得るのである。