496話 追加 もう一度、韓国旅行事情史 70年までの旅行記&滞在記

 
 前回まで5回に渡って「日本人の韓国旅行事情」を書いてきた。韓国旅行史に特に強い関心のある人でないと退屈だったかもしれない。退屈だと感じた理由は、テーマそのものに関心がないということとは別に、読んでいておもしろくなかったかもしれない。この5回分の記事は、本文でも書いてきたように「原稿」ではなく、「メモ」なのだ。読者を考えての原稿ではなく、ライターのメモなのだ。私がまとまった文章を書くときは、こういう下準備をしながら、構成を考えたり、新たな資料を探したりするので、ライターの手の内紹介という意味もあって、そのメモをここで載せた。私の遊びはここで終わる。この程度でいいだろう。あとは、韓国・朝鮮事情に詳しい方が、「旅行の日韓関係史」のような本を書いていただけたらありがたい。
 韓国旅行事情といった年表を作っていると、新たなアイデアが浮かんだり、思考が整理されていくことがある。韓国旅行事情史年表を作りながら、ガイドブックの歴史だけでなく、「旅行記に見る韓国」というテーマも浮かんでいだ。しかし、1950〜60年代の韓国旅行記を読んだ記憶がない。私は韓国・朝鮮事情に格別の関心があるわけではないので、熱心に調べたことはないし、数多くの出版物を乱読精読した経験もない。そんなわけで、韓国&朝鮮事情をほとんど知らないのだ。そこで、この機会にちょっと勉強してみようというのが調べるきっかけだった。
 戦後の韓国旅行記についていろいろ調べてみたのだが、戦後間もなくから1970年ごろまでの旅行記となるとほとんど見つからない。すぐ隣の国のことだ。何点も出版されているだろうと予測したくなるのだが、私のアンテナにひっかからない。私の無知が原因だろうとは思うのだが、それにしても資料が出てこない。
 たいした冊数もないウチの「韓国・朝鮮書」棚を探ると、もっとも古い旅行記は、例の『街道をゆく 2 韓のくに紀行』(司馬遼太郎)。もとの文章は「週刊朝日」の71~72年に連載したものだ。国会図書館の蔵書では、『韓国感傷旅行』(泉靖一 、1966)という本があることはわかったが、ネット古書店では見つからない。泉靖一著作集など全集に入っているかどうかも、不明。
 資料が足りないので、再度ウチの本棚で旅行書を探したら、『紀行全集 世界体験』(河出書房新社、1978)が見つかった。全12巻の紀行文集だ。その第8巻「中国 朝鮮」を見ると、やはり『街道をゆく』と、もう1冊、『ソウル遊学記』(長璋吉、1978。『私の朝鮮語小辞典』のタイトルでは1973年)しか載っていない。2冊ともチェック済みだ。古い紀行文だと、『世界紀行文学全集』(修道社)の第13巻「樺太、朝鮮、台湾、南洋諸島」(1960)があるが、こちらは古すぎて戦前の紀行文がほとんどだ。戦後のものは、火野葦平と藤森成吉の北朝鮮紀行(1950年代初めの招待旅行)しかない。大宅壮一の「世界の裏街道を行く」シリーズにも、韓国編はない。このあたりまで調べたところで、全5回の韓国旅行事情史に新たな章を加えて、全6回にする案は消えた、文章にする素材がないのだ。しかし、5回分を書いた後も気になっていて、引き続き調べてみたくなった。
 『アジア資料目録 1977〜1988』(アジア書籍展実行委員会、1988)はそのタイトル通り77年以降の資料しか載っていないが、一応チェックしてみる。北朝鮮の招待旅行に乗った旅行感想文はいくつか見つかり、小田実の本もそこに入るが、その類はどうでもいい。韓国モノでは、知らない本が2冊ある。内容もそのレベルもまったく知らないが、書名をあげておこう。『“日本人の知らない”韓国の話』(大村浩、東洋図書出版、1977)と、『裸の目で見た韓国』(大国英一、ダイヤモンド社、1978)。別の資料では、『驚異の韓国』(大村浩、東洋図書出版、1978)という本もある。『隣の国で考えたこと』(長坂覚、日本経済新聞社、1977)というのもある。同じタイトルの本があったなあと思いだす人もいるだろうが、この著者名は外交官岡崎久彦ペンネームで、83年の中公文庫版は本名に改めている。
 調べていけばいくほど、韓国は日本のマスコミからは無視されてきたことがわかる。1963年から70年代初めまで出版された「NHK海外シリーズ」というのがある。NHKで放送した番組を書籍化したものだ。私の関心分野では、『胎動するアジア』(1963)や『アジアの十字路』(1965)など東南アジアを扱った本が出ていて、とっくの昔に手に入れているが、韓国を扱った巻を知らない。どうやら出ていないようだ。「世界の旅 全10巻」(中央公論社、1962)の第8巻は「中国・東南アジア」だ。この巻におさめられている紀行文は、国名で言えば、中国、モンゴル、北朝鮮インドネシア、フィリピン、シンガポール、マラヤ、タイ、カンボジアベトナムラオス北朝鮮旅行記は、木下順二「近くて遠い国 北鮮」(初出は「文藝春秋」1955年12月号)。香港、台湾、韓国がない。
 「文藝春秋」で、北朝鮮招待旅行記を載せるくらいだから、朝日新聞ならなおさらだ。「朝日ジャーナル」で1964~65年に連載した「もっと知ってよい国」シリーズを単行本化した『もっと知ってよい国』上下(朝日ジャーナル編、弘文堂、1966)のアジア編で紹介している「もっと知ってよい国」は、パキスタン、セイロン、ネパール、フィリピン、インドネシア、タイ、ビルマ、モンゴル、北朝鮮、香港。「臨戦体制下の国家 北朝鮮」の筆者は藤島宇内だから、意外性はない。韓国の旅行ガイドや紀行文がないだけでなく、国を紹介する本でも無視されていたことがよくわかる。当時の左翼から見れば、韓国はアメリカ帝国主義の傀儡政権にすぎないと見ていたようだ。
 内容をまだ確認していないのだが、保育社カラーブックス『韓国』(李剛)は1971年の出版。ガイドというより、紹介だろう。この著者は、初期のころのブルーガイド『韓国の旅』(実業之日本社)の著者のひとりだ。
日本人の韓国旅行&滞在記がある程度出てくるのは、やはり1980年代以降ということになりそうだ。このあたりに、韓国を扱う難しさがある。
 以上、韓国旅行史の話は、おしまい。