497話 午前3時半の不倫から その1 

 久しぶりにAFNを聴いた。あり変わらず、おもしろくない。
AFNって、何だ?」という人でも、中高年なら「昔のFENですよ」といえば、「なるほど」と納得し、懐かしい目をするかもしれない。1970年のアメリカ映画「MASH」は、朝鮮戦争時のM.A.S.H.(Mobile Army Surgical Hospital 陸軍移動病院)を舞台にした名作で、シーンのほとんどにこのFENの放送が流れている。医者のセリフにも、「Far East Network」という語がでてくる。アメリカ軍放送は、その昔FENという名称だったが、1997年からはAFN(American Forces Network)という名に変えた。
 高校生のころだった。ラジオのダイヤルを回していたら、突然英語の放送が流れてきて、びっくりした。自分のラジオが、アメリカとつながっている。すでに朝鮮からの放送が日本の普通のラジオでも傍受できることは、体験的に知っている。だから、アメリカの放送も日本で傍受できるのだろうと思った。だが、放送を聴いているうちに、日本の米軍基地から放送していることがわかってきた。ESS(English Study Society)なんぞに入っている英語好きの同級生は、「ああ、フェンね」と知ったかぶりをしていたが、アメリカ人はFENを「エフ・イー・エヌ」といい、「フェン」とは呼ばないという話を、しばらくして知った。
 高校生の頃は、FMを受信できるラジオは持っていなかった。その後、ちょっといいラジオを買ったが、NHK・FMと東京FMしかなく、FMの深夜放送はなかったから、昼も夜もFENを聴いていることが多かった。やたらにしゃべっているか、読者からのハガキを読んでいるAMの深夜放送は、私の好みではなかった。音楽は好きだが、好きなレコードを買いまくる財力はなく、不本意ながらFENを部屋に垂れ流していた。「不本意ながら」というのは、FENで流れている音楽が私の趣味とはかけ離れていたからだ。私がラジオを聴いている時間に流れていたのは、カントリーかロックが多かったのだが、私はいわゆる「白人音楽」が好きではなかった。ロックも好きになれなかった。だから、深夜のFENは淋しさを紛らわすだけのBGMだった。本を読むときは、音楽が欲しかっただけのことだ。
 1970年代になってしばらくすると、FENは聴かなくなった。生活が、旅と旅の資金稼ぎと旅先の勉強に変わったからだ。80年代に入ってだいぶたってからのこと、深夜になってFMは放送を終了し、私はしかたなくFENにダイヤルを合わせた。3時を過ぎてしばらくして、突然、懐かしい曲が流れてきた。いままで放送していた音楽とはまったく違うジャンルの音楽だった。
 Me and Mrs.Jones Mrs.Jones Mrs.Jones・・・・・・・・
 おお、ビリー・ポールの泣き節。「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」(1972)だ。http://www.youtube.com/watch?v=mWOTdt9Bovk
 アメリカ版の殿さまキングスとでも言いたくなるクサイ歌だ。「ジョーンズさんの奥さん!」と叫んでいるだけで、不倫の歌だということはすぐにわかるのだが、のちに歌詞を見て、この男にもカミさんがいるんじゃないかとわかり、「妻はいるが、奥さんが好き」という内容でも、大ヒットした。その昔、FENでよく聞いたというわけではなく、AMでもFMでもよく聞いた。そういう意味での、「懐かしのヒット曲」という感覚はある。
 そして、驚くことに、ほぼ同じ時間にFENからこの曲が流れてくるのだ。毎日チェックしているわけではいが、この時間にFENを聴いていると、決まってこの曲が流れてきたが、何かのテーマ曲というわけでもなさそうだった。
そして1年ほど前のある日、FM局で、久しぶりにまたこの曲を聴き、昔のR&Bをまとめて聴いてみたくなったのだ。