500話 コーヒーを巡る話からいろいろと

 このコラムは500回になったが、特別編は考えていない。いつものように・・・。
 韓国映画「GABI 国境の愛」をテレビで見た。佳作ともいえない作品で、DVDに録画せずに消去処分にした。その程度の映画だ。
 「GABI」なんて、まったく意味のわからないタイトルで、わからないまま映画は終わった。「もしかして、GABIはコーヒーのことか?」とひらめいた。この映画の主役は、実はコーヒーといってもいいほど重要な役割を担っているので、「ガビ、カピ・・・、ああ、そうか!」とひらめいたというわけだ。GABIは、多分KAPIで、COFFEEの韓国式表記なんだろうと思ったが、改めて考えてみれば、韓国語でコーヒーは「コピKOPI」のはずで、これはいったいどうしたわけだ。
 ネット上に、ヒントがあった。韓国版のDVDについているおまけ映像に、戦前の日本で、コーヒーを「加非」と表記しているのを見て、韓国式の漢字の読み方でハングル表記したのがこの映画の原題で(そのハングルをカタカナで書くと、「カピ」だ)、韓国の映画製作者は、そのハングル表記を「GABI」とローマ字表記したらしい。つまり、コーヒーが韓国語の「コピ」ではなく「カピ」になっているのは、外国語のハングル表記だということを意味しているようだ。
 英語のCoffeeは、韓国では普通「kopi」という。韓国人はfの発音が苦手で、どうしてもp音になってしまう。コフィ→コピというわけだ。私がGABIからコーヒーを連想したのは、マレー語やインドネシア語でも、コーヒーをkopiと言うからだ。マレー人たちも、f音が苦手で、p音に変わってしまったからだ。
 フィリピンで若い女性から料理を教わっていたときに、彼女がいきなり、” Do you like piss? ”と言い出して、びっくりさせられたことがあった。いくらなんでも、「おしっこは好き?」はないだろ。変態だと思われたのか、おいおい。彼女は何食わぬ顔で言っているので、たぶん別の意味で言っているに違いないと考えて、わかった。” Do you like fish ? “と言ったのだ。フィリピン人もf音の発音が苦手で、その代表例が国名だ。英語ではRepublic of the Philippinesだが、公用語のフィリピン語ではRepublika ng Pilippinasで、「ピリピーナス」になっている。
 日本人もf音が苦手だから、coffeeがカフェにならず、コーヒー(koohii)のように、f音をh音に変えて発音しているわけだ。今の日本人は、「ファッション」も「ファン」も発音できるが、ちょっと前の年寄りだと、「ファ」が発音できなかっただろう。そういえば、フィレ肉(fillet)を、関西ではヘレというのも、その例のひとつだろう。
 日本語の歴史をちょっと学んだことがある人は、実は昔の日本人は、「はひふへほ」を、「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」と発音していたことを知っている。母(ふぁふぁ)、畑(ふぁたけ)、星(ふぉし)と発音していたのだが、は行の発音のほうが楽なので、F音からH音に変わっていったのである。
ずっと前に、この雑語林で酒sakeの話を書いた。アメリカではなぜ「サケ」ではなく「サキ」という発音になるのかわからないという内容だった。沖縄では酒は「さき」になるのと関係があるのだろうかと言うことも書いた。沖縄ことばの母音は「あいうえお」ではなく「あいういう」の3つしかないので、そもそも「さけ」という発音ができないのだ。「え」は「い」に、「お」は「う」に置き換わるのだ。だから、船(hune)はhuniになり、星(hosi)はhusiになり、酒(sake)はsakiになる。米軍基地が多い沖縄から、日本酒が沖縄方言の「saki」と発音されてアメリカに広まった可能性はあるのだろうかという疑問を書いた。
 私の想像は誤りだった。英語で酒が「サキ」と発音されるのは沖縄方言とは関係はない。英語を母語としている人たちは、語尾の「エ」という語を発音できないのだという説を何かで読んだ。考えてみれば、英単語にはnameのようにeで終わる語はいくらでもあるが、語尾の発音は「エ」ではない。酒、竹、前、上、あれ、これ、それ、どれ、などをローマ字で書いて「発音してください」とアメリカ人に言っても、日本語を学んだことがないとかなり難しいのだという。スペイン語をしゃべる人なら、もちろん簡単にできるだろうが。
 ギリシャ神話の勝利の神Nikeを、原音のまま「ニーケー」と発音できないアメリカ人は「ナイキ」と呼ぶ。語尾がeで終わる語を、アメリカ人は原音のようには発音できない。
 どの民族にも、苦手な発音がある。