501話 fanについて考える

 
 前回、韓国人はf音の発音が苦手だという話を書いた。Coffeeがkopiになる以外にも、food→プード、friend→プレンド、file→パイルなどいくらでもその例をあげられるのだが、韓国人が大好きなことば、”fighting!”は「パイティン!」ではなく、「ファイティン!」と発音していることを思い出した。映画やドラマにもよく出てくる語で、「がんばれ!」という意味の言葉だ。日本人がしょっちゅう「がんばれ!」と言いたがるように、韓国人もしばしば「ファイティン!」と励ましている。どちらの「がんばれ」も、私は好きではない。
 それはともかく、faightingは、「戦闘的」「戦争の」といった意味で、「がんばれ!」というはげましの意味はないから、日本語の「ファイト!」という掛け声、はげましの言葉が韓国に伝わったような気がする。言語学にも韓国語にも疎い私の想像にすぎないのだが、この数十年に日本から伝わった語なので、日本人式f音が発音しやすかったのかもしれないなどと想像しているのである。リポビタンDのCMと関係があるのかどうかも、もちろん知らない。韓国における「ファイティン」の誕生のいきさつをご存知の方、ご教授ください。
 「ファイティン」のような例外はあるが、韓国では英語のf音は通常p音に変わるのだが、「2PMのファン」というときのファンは「パン」とは変わらず、「ペン」になる。これは、英語のfanをその綴りに惑わされて「ファン」とした日本の読み方にやや問題があるのであって、fanの母音は、アとエの中間の音で、大きく口を開けた「ア」ではない。アメリカ式の音だと「フェン」の方がまだ近いような気がする。だから、「フェン」が「ペン」になる変化は理解できる。
 扇や扇風機を意味するファンの綴りも発音も同じだが、野球ファンという場合のファンは、fanatic(熱狂的愛好者)から来た語で、ふたつのfanは語源が違う。ちなみに、日本語では、fanもfun(楽しい)も同じように「ファン」という発音になるが、英語では別の発音だ。
 さて、ここで私の想像力は突然、韓国のfanからタイのfanに飛んだ。日常のタイ語会話でよく耳にする語に、「フェーン」がある。性別、年齢などを超えて、「いとしい人」「愛する人」を意味する語だから、愛人、ガール(ボーイ)フレンド、夫、妻などをさす。「愛する」という感情に、法律は関係ないと多くのタイ人は考えているので、法律的に結婚しているかどうかなどまったく関係がない語だ。だから、ある男が「俺のフェーンが・・・・」と言った場合、愛人の場合もあれば妻の場合もあり、その妻が法律上の妻であるかもしれないし、事実婚の妻であるかもしれないのだが、「そんなことは、ど〜でもいい」と考えているタイ人は多いということだ。
 さて、そのフェーンという語だが、元は英語のfanだ。fanを「ファン」と読む日本人には分かりにくいが、英語の音が「フェン」に近いとわかっていれば、「フェーン」になる過程はわかる。発音の変化過程はわかるが、意味の変容過程はまるでわからない。“fan”という英語が、ベトナム戦争時代にタイに入ったことは明らかだが、fanの意味が「愛しい人」に変わる過程がまるでわからないのだ。アメリカのスラングや軍人スラングでは、fanにそういう意味が加わったのかもしれないと思い、何人ものアメリカ人に確認を取ったのだが、タイ独特の使い方だという回答だった。
 タイ語を学び始めたころ、タイの「フェーン」はfriendが変化したのだろうと思った。英語がタイに入った場合の変化の法則というものがある。まず、語尾の子音が落ちる。friendがfrienになる。frのように子音が重なる場合、rとlは口語では発音されないという法則がある。バンコクを意味する「クルンテープ」という語も、会話では「クンテープ」となる。KrungthepをKungthepと発音するから、frienがfienになり、フレンドはフェンになると推測したというわけだ。しかし、friendはフェンであって、フェーンではなかったというわけだ。
 タイ語とタイに興味のない人には退屈な話だと思うが、この「フェーン」という語は、タイ文化理解のキーワードのひとつである。