509話 即席麺と街の麺料理

 前回、『即席麺エサイクロペディア2 世界の袋麺編』(山本利夫)の話が途中で終わったので、続きを書いてみよう。私は即席麺はあまり好きではなく、カップ麺はまったく食べない。袋麺は以前に雑語林でも書いたようにマルタイ製品と日清焼そばの袋麺以外はほとんど買わない。それなのに、こういう即席麺の本を買ったのは、対象が「世界」だったからだ。食文化研究の刺激を与えてくれそうな気がしたからだ。日本編は、資料があまりに多すぎて、手をつける気にはならなかったのだ。日本のカップ麺を研究した前作の『即席麺サイクロペディア1 カップ麺 2000年編』は買っていないのは、そういう理由があるからだ。
 さて、いくつかの国の即席麺を点検してみようか。
 韓国の即席麺は日本から入って来て、そのままの方向で発達したので、即席麺導入以前から韓国にあったククス(うどん状の麺)や国民麺とも言えるチャジャン麺のインスタント化にはなかなか向かわなかったことだ。現在でも、チャジャン麺の即席麺はほとんどないのが不思議でならない。チャジャン麺風スパゲティ「チャパゲッティ」というのはあるだけだ。韓国食文化事情に詳しい友人は、「いつでも、どこへでも出前してくれるチャジャン麺屋があるから、インスタント化しない」と説明するのだが、農山村や離島などでは需要があると思うのだが、ないということは、外国で暮らしている韓国人も含めて、必要としていないということだ。
 韓国のラーメン屋は基本的に即席麺を出す店だったが、最近になって日本のラーメン屋が進出するようになって、インスタントではない麺を出すラーメン屋が増えてきた。
 中国の即席麺は、「最も一般的なのは、紅焼牛肉麺と呼ばれるものである」と、『即席麺2』が概説している。中国人はもともとあまり牛肉を食べない。畑や田で働いてくれる動物なので、食べるに忍びないのだと説明されてきた。事実、中華料理店でも、牛肉を使った料理は、ブタやニワトリやアヒルを使ったものよりも、バリエーションがはるかに少ない。料理の世界ではマイナーな素材が、即席麺ではメインになるという逆転現象は、即席麺の世界ではけっして珍しいことではない。
 タイでも、この逆転現象が見られる。麺の種類で言うと、屋台などで汁ビーフンが圧倒的人気というわけではないのに、即席麺ではビーフンの物が多いのは、湯で戻すのに極細のビーフンが都合がいいからだろう。汁の味でいうと、現実の屋台や飯屋にはトムヤム味の麺はかなりマイナーな存在だが、即席麺では堂々たる人気ジャンル第1位である。証拠があって言うわけではないが、トムヤム麺は即席麺から始まったのではないかという気がしてくる。
 『即席麺サイクロペディア2』のマレーシアの麺カタログを見ていて、「おお、そうか」とわかったのは、板麺(Pan Mee パンミー)の即席麺があったことだ。この麺は小麦粉を原料にした平打ち生麺で、クアラルンプールでよく見かける。店のよってさまざまな料理法があり、魚のだし汁を使った煮込みうどんのようなものが私の好みだが、麻辛味のものもある。そういう麺料理が、袋入り即席麺になっているのを、この本を見るまで知らなかった。
 イギリスで即席麺を製造しているとは知らなかったが、そういう製品を食べた著者のコメントがおもしろい。”Super Noodle”というブランドの麺(Batchelors社)の麺をこう評している。
「水300mlでゆで汁が殆ど残らない英国風、日本人には抵抗アリ、完食が苦痛に思えた」や、「水気を吸って焼きそば状態の揚げ麺はだらしなく伸び、コシや歯応えはないようなもの」だそうで、博多うどんや伊勢うどんに近いのかもしれないが、それはともかく、イギリスの麺がやわらかいのは、そういう麺が好きだからというしかない。イギリスやアメリカには缶入りスパゲティーがあり、イギリス人はグズグズ・ズタズタ・ベタベタのやわらかい麺が好きな人たちだとすでに知っているので、「やはり、なあ」という苦笑した。