548話 台湾・餃の国紀行 9

 台湾人とコーヒー その2


 私はコーヒーが好きだから、散歩に疲れたら、静かな喫茶店でゆっくりコーヒーを飲みたくなる。朝と夜はマックに行くから、さすがに昼のマックは避けて、そこそこ以上のコーヒーが飲める店を探しながら散歩している。スターバックスには、絶対に行かない。高い飲み物を出すこととわかりにくいメニューを客に強要することで、客の虚栄心を刺激する商法の店は、どうしても好きになれない。あの店にたむろしているセレブ気取りの人たちにも嫌悪を感じるからでもある。スターバックスのコーヒー1杯は、安い飯屋の2食分なのだ。
 街を歩き、「咖啡」、「COFFEE」、「Café」といった看板の文字を見つけると、その店に近づく。そして、がっかりするのだ。コーヒー専門店だろうと思って近寄ったのに、レストランなのだ。ファミリーレストランのようなメニューが入口に貼ってある。店によっては、各種鍋料理(!)の写真や、「焼鮭or鯖」という和定食(!!)の写真が貼ってある店もあった。台湾にもコーヒー専門店があることは知っている。「さまざまな産地の豆を集めました」と、産地の名前とかなり高い値段がついた表示をしている店もあるが、客はステーキやトリ肉のグリルを食べている。わさわさ、がやがやとして、静かにコーヒーを飲むという雰囲気では、とてもないのだ。
 喫茶店には、かなり重い食べ物を用意しないと台湾では商売が成り立たないのではないか。客は、コーヒーを飲みに来ているわけではないのだろう。コーヒーは主人公ではなく、地味な脇役に違いない。こういう仮説を立てて、さらなる考察を続けた。
 高雄に、高雄85大樓(カオション・パーウー・ターロウ)という超高層ビルがある。今のところ台湾で2番目に高いビルなのだが、実に閑散とした地域に建っていて、内部も閑散としていた。このあたりまで散歩に来て、さてどこかでひと休みしたいと考え、適当な喫茶店はないかと周辺を探したら、なんとドトールの看板が見えた。日本ではドトールに何度も行ったことがあるから、日台比較ができそうだというわけで、店内に入ったらびっくりした。午後の主婦層の食事会、おそらく日本でも見られるに違いないファミリーレストランの午後の光景が、ドトールで繰り広げられていたのだ。ドトールコーヒー店だという私の認識は、台湾では間違っている。ドトールは、ここではパスタ類など各種料理もそろえたレストランなのだ。コーヒーとジャーマンドッグといったメニューでは、台湾では商売ができないのだ。日本人の私には、コーヒー専門店のような外見と内装の渋い店も、しっかりと食事ができるようになっていないと台湾では商売にならないのだ。
 つまり、値段だけは高く設定したコーヒーを置いておきながら、コーヒーで勝負するという店は極めて少ないらしいというのが私の印象で、「ああ、そうか」と気がついた。「長崎では、喫茶店でさえチャンポンがある」と誰かが言っていた。日本でも、首都圏や京阪神地域を除けば、喫茶店にカレーやうどんがあるのは珍しくない。飲食店が少ない地方都市の喫茶店だ。あれと同じか? 「日本の喫茶店にも、ナポリタンとかピラフという名のチャーハンがあるじゃないか」と言われそうだが、まず、そういう旧時代の喫茶店は近頃の日本では激減している。そしてもう1点、台湾の「コーヒー専門店」(のように見える外見の店)の料理は、その料理数においては、イタリア風レストランであったり、ファミリーレストラン(オムレツカレーなどといった料理もある)であり、日本の旧時代の喫茶店とは料理数がまったく違うのだ。
 1998年にスターバックスが台湾に進出してきたことにより、その亜流の店がどんどんでてきた。これはタイも同様だ。スターバックスの功績をひとつあげるとすれば、日本人が考えだしたと思われる「アメリカンコーヒー」なるものが、広まりつつあることだ。アメリカ生まれのこのチェーン店には、インターネットで見る限り、当然ながらアメリカには「アメリカンコーヒー」のような名前のコーヒーはないのだが、カナダの店のメニューを見ると、「カフェ・アメリカーノ」というのがある。日本にもある。スペインでは、スターバックスとは関係のないただのバルに、そういう名のコーヒーがあった。台湾では「美式咖啡」(アメリカ式コーヒー)として存在する。薄いコーヒーがあるのだ。
 私がタイやマレーシアでマックに通う理由のひとつは、薄いコーヒーを飲みたいからでもある。古くからある現地のコーヒーは、濃くてきわめて甘く、口の中をお茶で洗い流したくなるほど後味が悪い。台湾では、そういうコーヒーを飲まされる心配はないが、スターバックス類似店では、いつも「美式咖啡」を注文していた。ただし、エスプレッソを5倍のお湯で割る店や、ぬるいお湯で割るので、色つきのぬるま湯になる店もあった。これでマックコーヒーの倍以上の値段だ。だから、足はどうしても、マックかコンビニに行ってしまう。
 台湾人とコーヒーの話は、まだ続く。