553話 台湾・餃の国紀行 14

 自動車観察

 自動車と建築は、街散歩を趣味とする者のおもちゃである。休日のオフィス街や住宅地など、散歩があまり楽しくない場所では、自動車や建築物を眺めていると、散歩に飽きないですむ。
 台湾でも、歩道から、あるいはマックの窓ガラス越しに、自動車を眺めていた。私は運転免許を持っていないし、自動車雑誌も読んでいない。立ち読みもしない。だから、免許を持っている多くの人が知っているいわば常識も、知らない。新聞の記事以外の自動車情報も、知らない。ただ、散歩していると気になる車を見つけ、あとで車種を調べてみることはある。
 台湾でもっとも多く見かけるのは、トヨタ車だ。大多数のタクシーがトヨタだから、トヨタの印象は強い。次は日産車。『誰も書かなかった台湾』によれば、1970年代なかばに、日産からトヨタに首位が入れ替わったそうだ。台湾の自動車業界は、提携などいろいろな推移があって、それを踏まえて解説すると長くなるので、業界のことはほとんど触れない。登録車資料がわからず、生産台数資料では実際に街で見かける車種とは大きなズレがある。
 市場占有率3位以下は、台湾らしさが出てくる。ホンダ、フォード、ミツビシともに、現地生産だ。商用車も含めると、ミツビシ車が目立つ。とくに、軽トラックよりもちょっと大きい見慣れない小型トラックが気になって、調べてみた。これは、バリカやベリカという名の車で、日本では見ない車種だ。三菱自動車工業の現地パートナーの中華汽車の製造で、ミツビシの乗用車もよく見る。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:1990s_CMC_Varica_truck_left-front.jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:CMC_Veryca_1.3L_truck_left-front.jpg
 台湾の自動車で、「これはなんだ?」と思ったのが、ほかに2車種ある。
その車を、西海岸の鹿港で初めて見た。バスですれ違った瞬間、小さな丸い車の姿が見え、もしかしてマーチ・ボレロかと思った。そんな珍しい車が、こんな田舎街を走っているのかと思った。しかし、それから高雄まで南下するなかで、実によく見る車なのだ。2代目マーチをベースにしていることは明らかだが、特別限定車というのでもなく普通に市販されている車で、しかも日本では販売されなかった車だろうと思った。3代目や4代目のマーチを見かけないのも不思議だ。
 帰国して、ネットで調べた。パソコンを持って旅すれば、こんな疑問は即座に解決するのだが、そうなると、せっかく旅していながら、ずっとパソコンをいじっていることになるから、私はデジタル旅行者にはならない(なれない)。
 マーチをベースにしたその車は、日産自動車の現地パートナーである裕隆汽車が発売したベリータという車だった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:NISSAN_VERITA_01.JPG
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:NISSAN_VERITA_02.JPG
http://www.youtube.com/watch?v=uRTzqsNwqeM
 もう1車種、「これはなんだ?」というのが、Luxgenという文字が入った車だ。調べると、「ラクスジェン」と読む台湾オリジナルの車だ。ネットに情報はいくらでもあるので、興味がある人は自分で調べてください。
http://www.youtube.com/watch?v=RfRor65gn-Y
 台北で車を眺めていて、気がついたことがある。台湾の地方都市を旅して台北に戻ると、台北とそのほかの都市で走っている車がまるで違うのだ。地方都市であれほどよく見かけたベリータを、台北では一度も見ていない。台北では発売から10年以上たった車はほとんど見ないが、地方都市では20歳を超えるだろうと思われる塗装がはげたオンボロ車がいくらでも走っている。日本のようなフロントガラスに車検のステッカーが貼ってないので、台湾には車検はないのかと思ったが、新車5年以内は車検なし、10年までは1年ごと、10年を超えると半年ごとに車検を受けるそうだ。
 「予想に反して・・・」ということでは、小型のフォード車が時々視界に入るが、韓国車はほとんど見かけないことだ。日本よりは見かける機会はあるが、「たまに見る」という程度だ。
 もうひとつ、「予想に反して・・」というのは、バンコクやクアラルンプールと比べると、高級車が少ないことだ。クアラルンプールの高級ショッピングセンターでのこと、1階奥に高級車が並んでいる場所があったので、輸入高級車の販売展示場かと思ったら、駐車場の入り口だった。メルセデスBMWジャガーベントレーマセラティフェラーリなど、どういう悪いことをすればこういう自動車が買えるのだというような高額車が、駐車場の順番を待っているのだ。バンコクでも、東京よりもはるかに多くの、メルセデスBMWを見かける。高級車が権力であり、権威だからだ。高級車に乗っていると、警官も手を出さない。権力者が乗っている可能性が高いからだ。
 台湾は日本に近いのか、自動車を権威の象徴と思う程度は低いのかもしれないと思った。「これ見よがし」の高級車というのが、ごく一部の人たちだけの趣味なのかもしれない。
 そんなことを考えながら夜の高雄を歩いていたら、メルセデスの隣にフェラーリが二重駐車した。ナイトクラブの正面だった。その筋の人だろう。