567話 台湾・餃の国紀行 28

 台湾雑話 食べ物編 その3


虱目魚と書く魚は「サバヒー」と読み、台湾語の発音のまま、サバヒー科が存在する。英語ではミルクフィッシュといい、台湾やフィリピンでは国民的人気の魚と言っていい。だから、フィリピンでも台湾でも、「ものは試し」と食べてみたのだが、小骨が多く、身が柔らかく、独特の臭みがあり、おいしいとはとうてい思えない。ネットの記事を見ると、多くの日本人は私と同意見のようだ。ということは、この魚を「うまい」と思えるようになるかどうかが、台湾化、あるいはフィリピン化の関門のひとつかもしれない。
 全般的には、台湾の料理は日本人の口に合うと思うが、多くの台湾人が普通に食べているもので、「しかし、これは、日本人には苦手な人が多いだろうな」と思える食べ物を考えてみる。五香粉や八角などの香辛料を使った料理はダメだろう。わかりやすく言えば「漢方薬臭い」料理だ。香菜が嫌いな人も、半数以上はいるだろうか。あとは、血を使ったものだ。豚やアヒルの血を寒天状に固めたものや、餅米を混ぜて加熱したいもの。豚の血を使ったものは、猪血糕(台湾語で、ティーホエコエ)という。ほかに、日本での通称は「もみじ」というのだが、ニワトリの足先の煮物や、カエルなどか。あとは、あの臭豆腐だ。
●もうひとつ、「これは、日本人にはどうかなあ」と疑問に思っているのは、麺料理だ。日本人は麺類に対して、歯ごたえとか太さ細さなど厳しい自己基準というのがあるので、台湾の各種麺料理に対してどういう反応を示すのか知りたいのだが、誰かが大々的な調査をしないと真相はわからないだろう。多分、日清食品などは当然やっているだろうが・・・・。
 『ラーメン発見伝 4』(久部緑郎+河合単小学館、2001)によれば、台湾の「日式拉麺」(日本式ラーメン)は、台湾人に受け入れられるように、変容しているという。台湾の日式拉麺が、「スープのコクが足りない」、「麺が柔らかすぎる」理由は、「濃厚なコクは、台湾人にするとクドい。シャッキリ茹でた麺は固すぎる麺」だからだというのが、このマンガが雑誌に掲載された2000年ごろの「台湾のラーメン事情」だったらしい。だから、台湾人向けに、あっさり味の柔らかい麺に改良しているという。私は台湾でラーメンを食べていないので、ネット情報を総合してみると、雑誌掲載から13年後の現在のラーメン事情は次のようになっているらしい。
 台湾人の好みに合わせて「あっさりスープ、柔らか麺」に変化したままの店と、その後に登場した「こってりスープに固い麺」という日本そのままの味で営業している日本のラーメン店の2派に分かれているらしい。台湾には「烏龍」という料理がある。ウーロン茶のことではなく、うどんのことだ。うどん→ウロンと、発音が変わったのだが、日本時代からずっとうどんがあったのだが、最近は讃岐うどん店が登場している。つまり、これまでの柔らかいうどんのなかに、讃岐の歯ごたえのあるうどんが現れて、なかなかの人気を集めている。台湾の食文化や食嗜好に関して、ここ10年ほどで大きな変革があり、その変化は着々と進行しているということだろう。
●インストアベーカリーが流行らしい。作っているパンは、色が濃く、堅いドイツ風パンだ。ある店に、華語で「徳国農夫麵包」(ドイツの農民パン)と、ドイツ語で「Berliner Landbrot」(ベルリン風田舎パン。ライ麦70%と小麦粉30%のパン)という大きな看板を掲げながら、その文字の下に日本語で「フランスパン」。どっちなんだ。両方か? 「ドイツ、フランス、日本で修業してきました」という看板を掲げているパン屋も見かけた。台北在住の日本人にも台湾のパンは好評らしく、ネットでパンの話題も多い。しかし、こういうニュースも。繁盛している有名チェン店でも、食品偽装というニュースをネットで発見。
http://blog.livedoor.jp/v_w/archives/31099262.html
●10月初めのこと、あるスーパーで商品点検をしていたら、食用油売り場が日本とはだいぶ違うことに気がついた。日本人よりも油を多く使う民族だから、大きな容器で売っているということなら驚かないのだが、各種オリーブ油の点数が多いのだ。油売り場の棚の3割くらいはオリーブ油なのだ。中国料理にオリーブ油を使うのか? いくら健康ブームとはいえ、オリーブ油臭い中国料理はごめんだな。
 それから数日たって、テレビのニュースを見ていて驚いた。大手食品メーカーの大統が発売しているオリーブ油は、3割は綿実油が混ぜられていたというニュース。その翌日は、その綿実油が有害物質入りだったと報じた。学校給食や軍隊でも使われている油だから、どうする!というニュース。その翌日には、ラー油は綿実油に化粧品用の着色剤を混ぜたものだったというニュース。帰国間際には、あのオリーブ油には、実はオリーブ油はまったく入っていなかったとか、米酒に米は使っていなかったとか、まあ、続々出てくる食品偽装。政治体制が変わっても、食品偽装は漢人の得意技である。日本とはレベルが違う。
 それはそうと、高雄から東海岸に抜ける線路脇の山肌に見えた木々は、オリーブだったのだろうか。スペインで見た山肌のオリーブのように見えたが、走っている鉄道から素人が見たのだから、まったく信用できない話なのだが。
●餃子を食べながら、さまざまな妄想をしていた。世界各地に餃子専門店を出すという企画は現実的かという妄想もした。餃子の材料は、豚肉にこだわらなければほとんどの国で手に入る。小麦粉、肉、野菜、醤油があればいいのだ。ニラはなかなか入手できないだろうが、まあ、ニラはなくてもいい。台湾と中国以外の国なら、客は来るような気がするが、本当に実現できそうなら、誰かがとっくにやっているだろう。
●台湾の食材図鑑のような本が欲しくて、本屋で探した。野菜や魚の図鑑はあるのだが、加工食品や調味料も載っている図鑑が欲しい。おっ、『食材図鑑』と書いてある本があるぞ。立ち読みしてみると、なんだかおかしい。料理例に牛蒡と牛肉の味噌汁というのがあって、なんだか日本風だなあと思って奥付けを見たら、日本の食材図鑑の翻訳だった。めげずに、さらに探すと、食文化雑誌「好吃」(2013、夏号)があった。特集は「路辺厨房 跟著市場職人学做菜」。何となく意味がわかるでしょ。「路上の厨房 市場の料理名人から料理を学ぶ」といった意味でしょう。台湾各地の市場で、うまい料理を作っている人に料理を教えてもらうという企画なのだが、うれしいことに、それらの市場で扱っている特徴的な商品の図鑑も載っているから、台湾市場図鑑でもある。紹介しているのが、例えば、花蓮の原住民市場と原住民の食材と料理とか、新北市ビルマ市場のインド料理、台北の市場で米の話、新竹県の新浦市場の客家料理の材料と料理法の紹介といった具合で、読者は主に台湾人と香港人だから、知っているのは常識という基本食材の話は出てこない。この雑誌のバックナンバーもチェックしたが、この号が最高だった。
●散歩していたら、店頭に「冬期限定 熱紅豆湯」という小さな看板で出ていた。小雨模様の少し寒い夜なので、誘いに乗ることにした。お汁粉の案内だ。熱い季節には、ゆであずきにしてかき氷といっしょに食べていたのに、秋が来ると、お汁粉が登場する。日本のお汁粉と違い、薄くあまり甘くない。簡単言えば、水っぽい。日本と似ているのは、注文すれば餅を入れてくれるところだ。氷あずきはタイにもあるが、お汁粉はない。冬がないからだろう。私のあとから店に入ってきた男も、同じ注文をして、お汁粉をすすっていた。台北は、南部に比べて寒い。

 長々と書いてきた台湾話は、今回で最終回を迎えた。情報源となるような友人知人がいない台湾を、たかだかひと月ほどただふらふらと旅をしただけで、帰国後数日で5万字ほどの文章を書き、手を入れて1週間後には7万字ほどの文章になった。台湾は、書きたいことがつきない魅力に満ちていた。他の国では、同じくらい旅しても、これほどの分量の文章は書けないだろう。一気に書いた「餃の国紀行」の下書きに手を入れつつ読み続けていたのは、『台湾俳句歳時記』(黄霊芝、言叢社、2006)と、『孤蓮万里半世紀』(孤蓮万里、集英社、1997)の2冊だった。かつて日本人だった台湾人が描く俳句と短歌の世界にひたりつつ、旅行を終えた後も楽しい時間を過ごすことができた。幸せなことである。
 このHatena::Diaryというページの設定は、ワードで1字下げで書いても下げずにアップされるし、改行すれば1行アキにされるし、写真を載せるのがえらく面倒らしく、とうにあきらめている。「写真があれば、わかりやすいのに」と思う人もいるでしょうが、ま、自分で適当な画像を探してください。そうすれば、私の文章よりももっと深い資料にであうこともあるでしょう。私は「行った、見た,撮った」という旅行記を目指していないので、これでもいいのかとも思う。最後のミニ情報として、ポータルサイトが選ぶ2013年の台湾の流行語第3位に選ばれたのは、「加倍奉還」(倍返し)でしたという話を、おまけに。
 年末を迎え、ちょうどきりがいいので、今回で今年の更新を終える。来年からは別の話題で、またこのページで会いましょう。