571話 ラオスと米の話

 
 古本屋の棚を見ていたら、「ジャポニカ」というタイトルが見えた。米の話かと思ったら、ラオスを舞台にしたマンガだった。『ジャポニカの歩き方』全7巻(西山優里子講談社、2011〜2013)の第1巻は、著者の子供時代のラオス体験から話が始まる。父が外交官だったせいで、パリで生まれたあとも少女時代を外国で過ごした。70年代なかばはラオスで生活していた。そういう物語なのだろうと思い、第1巻を買ったのだが、途中からフィクションに変わる。架空のラオ王国を舞台にした外交マンガなのだ。
 民間人なのに、対外的には外国の公館で働く大使館員の身分といえば、大使の料理人が思い浮かぶが、このマンガの主人公は「在外公館派遣員」という身分だ。マンガのために作りだした職種なのかと思ったが、調べてみれば実際にあるとわかった。
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/saiyo/haken/
 外務省など政府の役人ではなく、企業駐在員でもなく、研究者でもなく、他人のカネで外国で長期滞在できる職種は、青年海外協力隊などしか知らなかったが、「派遣員」という仕事があるのだ。どういう仕事をするのかというと、大使館員の手足となって働く雑用係なのだが、具体的には、任地にやってくる政治家などの世話係の下働きで、宿舎や乗り物の手配などで、大使館内の旅行会社といってもいいのかもしれない。
 このマンガは、私の知らないそういう職種の話を教えてくれるのだが、『大使閣下の料理人』全25巻(西村ミツル+かわすみひろし講談社)のように、料理という1本の太い筋があるわけではないので、ストーリーのまとまりに欠ける。7巻全部読んでみたが、けっしてできの悪い作品ではなものの、大感激というほどでもない。まあ、ラオスと関わりのある人は、きっと買わずにはいられないでしょうね。
 ちなみに、『大使閣下の料理人』は当然だが、『ジャポニカの歩き方』にも登場する大使館の料理人に関するちょっとした情報を書いておこう。大使館の料理人は、正確には「公邸料理人」なのである。大使が自分のカネで雇い、通常は大使一家の食事を作るが、来客があった場合のもてなし料理も作る。「大使が自分のカネで雇い」ということは、それだけの手当てを貰っているのだから、「身銭を切っている」というわけではない。元「大使の料理人」であり、マンガの原作者である西村ミツル(『信長のシェフ』の原作者でもある)が書いたエッセイ『外交官の舌と胃袋』(講談社、2002)によれば、大使の料理人希望者は自分のキャリアに箔がつき勉強にもなる在ヨーロッパの大使館勤務を望む者は多いのだが、つらいだけのアジアやアフリカであっても派遣されたいと思う料理人は極端に少なく、日本の在外公館で働く料理人の半分はタイ人だという。日本の調理師学校の指導の元、バンコクの日本料理店で修業をした料理人が、非西洋世界の在外公館に派遣されているそうだ。
 http://www.tsujicho.com/press/news/cat816/1993.html
 『ジャポニカの歩き方』というのは、「日本人の生き方」を暗示しているタイトルで、米の話とは関係がないのだが、このマンガで唯一間違いだと気がついたのは、実は米の説明の部分だ。ラオ王国(ラオスとほぼ同一)の米の飯は竹の筒に入っていて、「カオニャオ」(うるち米)という説明がついている。「カオニャオ」を直訳すれば「粘る米」で、これはモチ米のことだ。ほかのページではこの米が「カオニャイ」になっていたり、ウルチ、モチの両方とも竹筒に入っている絵があるのだが、ウルチの飯は通常は筒にいれないはずだ。
 アジアのエッセイや旅行記や小説などで、米の解説の間違いが多いので、ここで復習しておこう。世界の米は大きく分けて、ジャポニカとインディカに分けられる(中間のジャバニカについてはここでは言及しない)。通常は、日本の米のように丸みがあるのがジャポニカ、タイやインドなどにある細長い米がインディアと説明されるが、現実には細長いジャポニカもあれば、丸いインディカもあるので、ややこしい。ここでは学問的正確さを無視するので、丸みのあるジャポニカと細長いインディカと解説しておく。この両方の米に、それぞれウルチとモチがある。日本人がふだん食べているのがジャポニカのウルチ米で、餅を作るのに使うのがジャポニカのモチ米だ。タイの東北部や北部からラオスにかけては、インディカ種のモチ米を主食にしているのだが、「細長い米はパラパラパサパサ」だと思い込んでいる人は、あの地域の米がインディカ種とは思えない。そこで、こういう説明をすることになる。現実に何度か目にしている説明で、書いているのは大学の研究者だ。
 「世界の米は、3種類に分けられる。インディカ種とジャポニカ種とモチ米の3種だ」。これは、もちろん間違いだ。