603話 「蔵前仁一書きおろし著作集」企画 その3

 『私立クラマエ旅行図書館』

 前回の『僕のインド大全』で企画したインド本を評論する章をやめて、旅行関連書を地域に関係なく全部まとめて1冊にしようという企画である。旅行書には実用的な旅行ガイドブックもあるが、旅行のしかたによっては、あるテーマを詳しく書いた本がもっとも役に立つガイドブックになることがある。天下のクラマエ師の初めての外国旅行は、現代美術を見にアメリカに行った1979年の旅だった。実用旅行ガイドは、この年に出版された『地球の歩き方 アメリカ』だったはずだが、さまざまなアメリカ美術の本が、旅に出る気力や知識欲を刺激したはずだ。他の人には旅のガイドとは思えない本でも、関心の持ち方しだいでは、すべての本は旅行ガイドになるという例のひとつだ。
 したがって、非常に広い意味の旅の本を取り上げる。ライター蔵前として役に立った本もあるが、同時に編集者蔵前の役に立った本もあるはずだ。いままで読んだ本の紹介や感想だけでなく、旅行ガイドブック論や「旅と地図」といった評論あるいはコラムも加えて、単なる書評本とはかなり性格の違う本にする。したがって、椎名誠が書いた岩波新書のシリーズ(『活字のサーカス』など)と半分は似た構成だが、あとの半分はコラムになる。
 具体的には、次のような構成になる。
1、ライター&旅行者編・・・蔵前さんが今まで読んだ本の中から、旅行関連書を取り上げて、解説や感想や批評を書く。今までの旅で日本から持っていった本、旅先で手に入れて(借りて)読んだ本に関するエッセイも。
2、編集者編・・・実際に文章を書いていない本でも、編集者として関わった本の中で「これは!」という参考文献など、さまざまな本を紹介する。
3、電子辞書、インターネット情報などデジタル情報をここでまとめて論じる。例えば、google map、Wikipediaの旅行情報など。ここが、活字の本ばかり取り上げてきた従来の読書本と違うところだ。もし、これから1年ほどの旅に出るとすれば、デジタル書籍は利用するのかという話題にも触れる。
4、いままで書いた文庫解説や書評の原稿を集めて再録。
5、旅行ガイドブック論・・・ガイドブック作りの現実。
・地図の盗用の問題。
   ・ガイドブックに豊富に写真を入れないと売れないのか? 
・どういうガイドブックが欲しいのか。個人旅行に使えるガイドブックが、「地球の歩き方」だけになってしまい、ほかは「るるぶガイド」的な、オールカラー、写真・イラストごちゃごちゃレイアウト、グルメ、エステ、ショッピングガイドに収斂していく現状をどう考えるか。
・英語のガイドブックと日本製との比較
・ガイドブックライターとの対談・・・ガイドブックライターの生活と意見。
・幻の企画・・・製作費が2000万円あったら、こういうガイドブックを作りたいという、製作者の理想。そして、読者としての、理想的なガイドブック。
6、こういう旅行本は嫌いだ・・・ワル蔵前となって、どれだけ暴言を吐けるかが勝負だが、活字にする勇気がはたしてあるか?
 こういう企画を立てれば、天下のクラマエ師は、いつものように「昔読んだ本のことは、すべて忘れた」と言うにちがいないので、「それならば」と襟首をつかみ、「では、もう一度読んでください」と編集者が脅せばいいのだが、それほどの力を持った人が、小川京子さん以外にいるかどうかが問題。新書として発行するのが理想的だ。さあ、新書編集者諸氏、この企画を買いませんか?
註:なぜ「蔵前」が「クラマエ」になるのかというと、小川京子さんが彼の名を口にするときに、カタカナで私の耳に飛び込んでくるような気がするからだ。例えば、彼が運転免許証をとったばかりのころの、小川さんとの会話。
 「この前、クラマエったら、生意気にさあ、くわえタバコなんかで、片手ハンドルで、バックなんかしようとしてんのよ。10年早いわよね、そんなの」というときは、明らかに「クラマエ」とカタカナで聞こえてくる。蔵前氏が貧乏を「ビンボー」とカタカナ書きしたように、時に応じて「クラマエ」とカタカナにしたい気分の時がある。このコラムには校正者はいないので、「表記を統一してください」と訂正を要求されることもない。だから、私は気分で表記を変える。
 「天下のクラマエ師」という正式呼称の説明は長くなるので、これは別の機会に。