609話 最近の本の話 その3

 本棚で発見

 ウチで本探しをしていると、本棚の前で「おおっ!」と声をあげたくなることがある。そのほとんどは、すでに買っている本をまた買ったことに気づいたときだ。買って来た本を読み始めてすぐに、「あれ、この本、読んだぞ」と気がつくこともあるが、その本を読み終えてなお、すでに読んだことを思い出さず、数日後か数年後に、本棚で昔買った同じ本を見つけて、「おお、すでに買っていたのか!」と声をあげる。そういう時だ。
 たった今もそういうことがあった。ウチの本棚で若者の旅行史の資料を探していたら、イザベラ・バードという文字が視界に入ってきた。つい先日、『イザベラ・バード 旅に生きた英国婦人』(パット・バー著、小野崎晶裕訳、講談社学術文庫、2013)を読んだばかりで、その親本をすでに読んでいたのだろうか? 「おいおい、またやってしまったか?」と、おろおろとしてしまった。
 棚にあった本は、『イザベラ・バード 旅の生涯』(O.チェックランド著、川勝貴美訳、日本経済評論社、1995)で、神保町の古本屋の値札がついたままだ。定価2884円の本を1500円で買っている。「ああ、よかった。別の本だ」と安心したのだが、この本を読んだ形跡はあるのに、読んだ記憶がない。ということは、「うん、名作!!」という読後感ではなかったということか。学術文庫の方は、評伝と評論が混じっていて、伝記物語のような読みやすさはない。『旅の生涯』の方はイザベラ自身が撮影した写真もあり、時系列で話が進んでいくから読みやすい。今度、改めて読み直してみようか。
 『イザネラ・バード』と並んで書店で平積みになっていた講談社学術文庫の新刊が、E.S.モースの『日本その日その日』。すでに東洋文庫の全3巻を持っているから買いなおす必要はまったくないのだが、大好きな本だし、「旅の友に・・」と、ちょっと食指が動くが、手はポケットに入れておく。
 ウチの本棚の、イザベラ・バードの本の近くに紛れ込んでいたのが、『<外地の日本語文学選 1> 南方・南洋・台湾』(黒川創編、新宿書房、1996)だ。3800円と、ちと高いこの本は、アジア文庫で買ったような気がする。以前、我が家の本を整理して、アジア文庫なら売れそうな学術書などは、まとめてアジア文庫に送っていたことがある。ウチに置いておいても邪魔だから、アジア文庫に安く売り、アジア文庫古書部で適正な値段で売るというシステムだ。神田なら高い値段がつくが、ブックオフに持っていけば、「古いので、買い取りできません」と言われてゴミ扱いになるような本だ。アジア文庫へ売った代金は店に預けておき、私が店で買うときの足しにした。これで、共存共栄だ。
 戦前、戦中期に外地で発表された日本語文学集であるこの本を、また読んでみたくなった。読んだ記憶はあるが、内容は覚えていない。小説を読む習慣はないが、こういう本は読みたい。
 ここからは、読んだばかりで、まだ机の上にある本に関して、ちょっとコメントを。幕末に西洋に渡った武士たちの日記から、食べ物に関する部分だけを抜き出して解説した『拙者は食えん! サムライ洋食事始め』(熊田忠雄、新潮社、2012)は大傑作で、会う人ごとに「おもしろいぞ!」と宣伝したくらいなので、同じ著者の最新作『世界は球の如し 日本人世界一周物語』(新潮社、2013)を読んだのだが、まったくおもしろくなかった。日本人で最初に「世界一周」したのは誰かということに、私はまったく興味がないからだ。昔の人の旅をただ紹介するだけでなく、テーマをもっと絞らないとおもしろくならない。
 売れている本は、ほとんどの場合、読みたいと思う本ではないのだが、食文化関連なら読まないわけにはいかない。イギリス人夫婦とその子供が日本で3か月、ひたすら食べまくった記録『英国人一家、日本を食べる』(マイケル・ブース著、寺西のぶ子訳、亜紀書房、2013)が、かなり売れている。イギリス人のフードライターが、日本の料理と食文化に対してどう反応するかという興味で読んだ。それで、なぜ売れているのかわかった。この本は、日本の食べ物に関する“Japan as Number One”なのだ。狭義の日本料理に限らず、日本のほとんどすべての食べ物を絶賛しているのだ。だから、日本人が読んでうれしくなり、批判がほとんどない。一般書としてはこれでいのだろうが、私はもっと深い文化的考察を読みたかった。
 食文化関連書で、それほど遠くない将来に読みそうな本は、続編の『英国人一家、ますます日本を食べる』。これは、正確には続編ではなく、前作で翻訳しなかった章の寄せ集め。テレビ番組風にいえば、「未公開シーン、一挙公開」である。前作ではなぜか、「抄訳です」という説明がなかったのだが売れたので、日本語未発表の章を翻訳したのだろう。原書は厚い本ではなく、日本語版では紙を厚くして束(厚さ)を出していた。完訳では売れないと編集者は思ったのだろう。抄訳にして定価を安くしたのが、売れ行き好調の理由のひとつかもしれない。
 読むことになっているもう一冊は、『日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る』(マイク・モラスキー光文社新書、2014)。日本在住アメリカ人学者の居酒屋論である。おもしろいかどうかは、まったく不明。
 上記2冊はまだ買ってないが、買ったがまだ読んでいない本が山となって順番を待っていて、「3か月先まで予約がうまっている」という人気のレストラン並みである。それなのに、また、ワンクリックして、あんな本や、こんな本を買っている。