619話 世界音楽のCD探し 前篇

 さまざまな音楽の本は読むが、CD購入のための情報を探したりはしない。音楽雑誌は読まないし、新譜情報にも興味がない。10年前の発売でも70年前の発売でも、そんなことは音楽の質とは関係がないのだから、新譜を求めて常に情報網を張りめぐらせているということはない。10代のころから、音楽の流行とは無縁に生きてきた。ビルボードもキャッシュボックスもオリコンも、全米TOP40もどうでもいい。そういう媒体に登場する音楽とはそもそも縁がなかった。
 ジャズの場合は、知識がないとジャケットをいくら凝視しても内容が想像できないから、多少は本を読んだが、それ以外のジャンルの場合、活字資料を読んだのはかなり後になってからだ。
 いわゆるワールド・ミュージック、といっても何のことかわからない人がいるだろうからちょっと解説しておくと、実質的には「英米以外のポップ・ミュージック」ということになるが、ケルトスコットランドの音楽も、ワールド・ミュージックに入る。
 CDガイドなど読まずに、このワールド・ミュージックのCDを買いあさった。かつて、タイ音楽の研究でも、無知蒙昧のまま大量のカセットテープを買いあさる方法でその概要を知ろうとしたことがあるから、知識もガイドもなしにCDを買うことに不安などない。知識なしにCDを買うと、未知の音楽に出会える喜びがある。
 わけのわからないCDを買うとはいっても、そこにはやはり選択の基準はある。新品は高いから、まずは中古CDから入る。CDショップではジャケットを眺めて、英語が書いてないCDを選ぶ。英米のポップやロックが紛れ込んでいる可能性はあるし、レゲエも私の趣味ではない。英語とは関係ないが、韓国や台湾などのポップ・ミュージックもまったく関心がないので、選択の第一段階で排除される。なぜ関心がないかと言えば、東アジアのポップ・ミュージックに民族的個性、別の言い方で言えば民族のクセと言ってもいいがそういうものをほとんど感じないからだ。例外的に、パンソリを基本にした韓国の歌謡曲などおもしろいものはあるが、ここでは深く触れない。
 英語で書いているジャケットでも、明らかに英米以外の音楽だとわかる場合は、曲名を見る。曲名が英語だと、「保留」にする。ある日見つけたCDは、ジャケットに英語の文章があるが、写真は明らかに中央アジアで、バンドのようだがどういう音楽かまったくわからない。ちょっと興味がそそられて、買ってみた。聞いてみたら、モンゴルの音楽として知られているホーミーだ。2種類の音を同時に出して歌う唱法だ。しかし、英文のライナーノーツにはモンゴルに関する記述はなく、そのかわりにThe Republic of Tuvaというまったく知らない国名があった。私が買ったCDは、どうやらその国の音楽らしい。その当時、まだパソコンを持っていない時代だったので、インターネットで検索することもできず、いくつかの辞書で、トゥバとはロシア連邦のなかの1国だとわかった、地図で見れば、モンゴルのすぐ北だ。だから、歌が似ているのだ。それからしばらくして、田中真知さんのエッセイで、この唱法をトゥバでは「ホーメイ」というのだと知った。そのエッセイには詳しい解説もあった。そしてその後、テレビでトゥバの音楽紀行番組をやっているのを見た。
 中古CDショップでまったく偶然に買った1枚のCDから、私の音楽世界が広がった。こういう出会いをおもしろいと思うので、豊富に情報を仕入れてからCDを買うという書斎派にはならないのだ。旅と同じで、ガイドブックで紹介している店をひたすら探して食事するよりも、散歩の途中で見つけた店に行く方が楽しい。「たまたま、偶然に・・・」というのがおもしろく、楽しいのだ。この話は長くなりそうなので、続きは次回。