636話 1970年代後半の中公文庫が気になって

 前回までのコラムに中公文庫のことを書いていたら、「1970年代後半の中公文庫がおもしろかった」という印象を、具体的に調べてみたくなった。中央公論社が文庫を出したのは1973年で、70年前半は、アジア物といっても『アーロン収容所』(会田雄次)と『レイテ戦記』(大岡昇平)くらいしかなかったが、70年代後半になると、私好みの本が次々と発行されるようになる。こうしてリストを作ってみると、「1970年代後半の中公文庫」が特に印象深く記憶されていたのは、金子光晴青木保梅棹忠夫の三人の文庫の印象が強かったからだとわかった。以下にリストにあげた文庫の多くは、発売されてそれほど時間をおかずに読んでいる。アジアや異文化といった分野とはまったく違う種類の本も、一種の読書記録として書きだしてみた。以下に書きだした本の多くは、いつでも取り出せるように本棚に今でもまとめて置いてある。
 ちなみに、1980年に入っても、『じゃがたら紀行』(徳川義親)、『香港・濁水渓』(邱永漢)、『高砂族に捧げる』(鈴木明)などが出て、「私の中公文庫の幸せな時代」はもうしばらく続く。
1975年
インカ帝国探検記:ある文化と消滅の歴史』(増田義郎
ガンビア滞在記』(庄野潤三)…アフリカの本だと思ったら、アメリカ・オハイオ州ガンビアだった。多分、兄の庄野英二の『赤道の旅』からの連想か、間違えて買ったのだろう。
『食は広州に在り』(邱永漢)・・・これと次の本、何度も読んだなあ。
象牙の箸』(邱永漢
『檀流クッキング』(檀一雄
『眼ある花々』(開高健)・・・当時、開高の本はすべて読んでいた。そして、結果的にはほぼすべて読んだ。
『私の食物誌』(吉田健一
『アマゾンの歌:日本人の記録』(角田房子)
1976年
『女が外に出るとき』(犬養道子
『暮しの思想』(加藤秀俊)・・・この本を読んでから30年以上たって加藤さんに初めて会った。「まだ生きてますよ」が第一声。
『曠野から:アフリカで考える』(川田順造)・・・「熱帯では、太陽が沈む速度が速い」ということばが、印象に残っている。
赤露の人質日記』(エリセーエフ)・・・漱石と親交があったロシアの日本学者が日本語で書いた本。『エリセーエフの生涯』(倉田保雄、中公新書、1977)を先に読むといい。
童女入水』(野坂昭如)・・・当時、野坂の本はすべて読んでいた。
『どくろ杯』(金子光晴
『日本土人の思想』(野坂昭如
『ねむれ巴里』(金子光晴
『美味放浪記』(檀一雄
ユーラシア大陸思索行』(色川大吉
1977年
『一泊二食三千円』(永六輔
『江戸たべもの歳時記』(浜田儀一郎)
『黄金のゴア盛衰記』(松田毅一
大谷光瑞』上下(杉森英一)
『キナバルの民:北ボルネオ紀行』(堺誠一郎)
『一九四五・夏・神戸』(野坂昭如
『続暮しの思想』(加藤秀俊
『妻一人娘二人猫五匹』(永六輔
『西ひがし』(金子光晴
『卑怯者の思想』(野坂昭如
風狂の思想』(野坂昭如
夢声戦争日記』全7巻(徳川夢声
『森繁自伝』(森繁久弥)・・・これもゴーストライターの作品だと、竹中労が書いていた。
『料理歳時記』(辰巳浜子)
1978年
『異国遍路旅芸人始末記』(宮岡謙二)・・・奇書にして傑作。幕末から明治初めに日本を出た人々の物語。武士よりも芸人に重点を置いている。客死した人々を追った「異国遍歴死面列伝」の章は、異彩を放っている。世に多くある使節団物語や漂流記とはまったく違う労作だ。
『お嬢さん放浪記』(犬養道子
『河の民:北ボルネオ紀行』(里村欣三)
石光真清の手記』全4巻(石光真清)・・・『城下の人』、『曠野の花』、『望郷の歌』、『誰のために』が78~79年に発行。
『山中放浪:私は比島戦線の浮浪者だった』(今日出海
『マレー蘭印紀行』(金子光晴)…金子の本はどれもいいが、これが一番好きだ。
1979年
『タイの僧院にて』(青木保)・・・この本と、次の梅棹の本は何度も熟読玩味した。
『東南アジア紀行』上下(梅棹忠夫
『南海一見』(原勝郎)
ベトナム観光公社』(筒井康隆)・・・「ベトナム」という語にひかれただけ。筒井のエッセイはかなり読んだ。小説でおもしろかったのは、『家族八景』と『七瀬ふたたび』くらいかな。
『ホノルルの街かどから』(加藤秀俊
『若いヨーロッパ:パリ留学記』(阿部良雄