638話 教養主義的読書

 [註:旅から無事に帰ったが、その旅物語はどれだけ長くなるのかわからずに書いているところなので、いつ発表できるかわからない。だから、今はとりあえず書き溜めた文章をアップしておこう。しばらくは、旅とは関係ない文章が続きます]
 1960年代前半までの高学歴の若者たちの読書といえば、戦前の高校生や大学生と同じように、岩波の文庫と新書が主流だったと思う。戦後はそれに、マルクスエンゲルスの著作が加わっただろうと思う。右翼的大学生が何を読んだか知らないが、一般的には右翼は左翼ほど読書をしない。
 60年代前半を60年安保時代とすると、そのあとの70年代安保世代の若者はどんな本を読んだのだろう。それまでの左翼が日本共産党が主流だとすれば、70年代安保は反代々木(つまり反日共産党だ)が力を持っていたという事情も反映して、非岩波書店的傾向が強くなったと思う。70年代安保世代は、旧制高校的教養を、旧制の中学や高校で学んだ教師や親の影響で、旧制高校的教養を受けつつ、そういう権威的教養への反発も同時にあった。想像で書くが、田舎の優等生は旧制高校的教養が強く、都会育ちの大学生は、アメリカのカウンターカルチャー(対抗文化)の影響を受けていたような気がする
 元筑摩書房の編集者で著作も多い松田哲夫(1947年、東京生まれ)は、『編集狂時代』(新潮文庫)でこういう話を書いている。
 ある雑誌から「はたちの頃に読んだ本」というアンケートがあったが、「これといった本がなかなかうかんでこない」。そこで、逆手にとって「はたちの頃に読まなかった本」を書きだそうと考えた。それは、松田氏がはたちの頃、つまり1967年ごろ、都立大学の学生だった時代の「はたちの頃に読みかけて読了できなかった本」である。別の言い方をすれば、当時の「優秀と言われる大学の学生」で、程度の差はあれ左翼がかっていた学生ならば、当然読んでおくべきとされていた本らしい。さあ、原文のまま書名ではなく著作者の名を挙げるぞ。あなたはどれだけ読みましたか?
 ヘーゲルマルクスレーニントロツキーローザ・ルクセンブルク、J.P.サルトルチェ・ゲバラフランツ・ファノン宇野弘蔵、梅本克己、武谷三男時枝誠記(もとき)、フロイト(当時はフロイドだった)、レヴィ=ストロースジョルジュ・バタイユアンドレ・ブルトンアルフレッド・ジャリジャン・ジュネアラン・ロブ=グリエ埴谷雄高ヘンリー・ミラー・・・
 さて、1952年生まれで、左翼がかってもいなければ、教養主義者でもないし、読書を自慢したい悪癖もない私は、上のリストにある書き手の本で、1冊でも「読んだ」と言えるのは、フランツ・ファノン(1925〜61)の『黒い皮膚・白い仮面』(みすず書房)だけだ。彼は、仏領マルティニック出身の精神科医で革命家。アルジェリア独立運動の指導者のひとりだった人物だ。
 フランツ・ファノンを読んでみようと思ったきっかけは、映画「アルジェの戦い」(イタリア、1966)を見たからであり、70年代前半にマルカムXなどアメリカの黒人解放運動の本を読み漁っていた流れだと思う。
 チェ・ゲバラ自身の著作は読んでいないが、関連書は読んだ。『虹を追った男―チェ・ゲバラの猛烈な生涯』(竹村健一講談社、1969)を買ってみたら、まあ、ひどい。竹村の本との最初にして最後の遭遇だった。結局、チェ・ゲバラが書いた本を初めて読んだのは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(エルネスト・チェ・ゲバラ、棚橋加奈江訳、角川文庫,
2004)だった。
 レヴィ=ストロースの『悲しき南回帰線』(室淳介訳、講談社文庫、1971)を買ったが、なかなか本の世界に入っていけず、南米ではなくアジアではあるが、南回帰線を超える旅に持って行ったが、数ページ読んだだけでその先に進めなかった。訳文が悪いから読み通せないのだろうと思い、のちに訳者と書名が変わり、『悲しき熱帯』(川田順造訳)が出たときに、書店で立ち読みしたが、「買おう」という気にはなれなかった。
 松田氏がリストに挙げた書き手は、教養主義的臭気が漂い、「左翼に走るお利口さん学生」が、見栄のために買い、これ見よがしに本棚に並べておきたい本だとわかる。だから、松田氏は読了できなかったのだろうし、大方の若者も読了できなかったのだろうと思う。
 けっして見栄のためではなく、読んでみたいと思いつつ何度か脱落しているのが、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』上下(平凡社ライブラリー、1993)だ。集中力のない私は、刑務所にでも入らないと、この手の本は読了できない。