639話 本を捨てようかと思ったが・・・

 1963年に神戸で創業した大同書房は、76年に三宮センター街に移転して、ジュンク堂書店と名を変えた。1980年代に入り、関西に大型書店ができているという噂は耳にしたが、初めて足を踏み入れたのは、96年開店の大阪・難波店だった。
 大型書店は東京にもあるから、東京の本屋にはなさそうな本を選んでチェックした。関西の出版社が出した本を集めた棚があったはずで、そこでしばらく時間を過ごした。と、ここまで書いてきて、関西とは何の関係もない本をこの書店で見つけたことを思い出した。
 『Nightmare in Bangkok―タイの週刊誌を飾った原色表紙画集』(Chris Bigg著、都築響一編、アスペクト、1998)は、かねてから書名は知っていたが、東京の書店では現物を見たこともなく、安い本ではなく、内容に疑問もあったので、内容を確認せずに買う気はなかった。その現物が、大阪のジュンク堂にあった。ただし、ビニール袋で包み込んだビニ本状態で、どうやらバンコクの古本屋でよく見る雑誌の絵を集めたものらしいと想像がついて、買うのをやめた。今、アマゾンで確認すると、600円から買えるが、もちろん買わない。
 さて、話は関西本に戻る。難波のジュンク堂で何冊買ったか覚えていないが、その1冊は今、手元にある。さっき、本棚を整理して、いらない本は捨てようと取り出した本の1冊だ。『なんば物語』(なんば物語編集委員会編著、タッド、1165円、1994年)。「発行協力/大なんば祭実行委員会」とあるので、大なんば祭なるものの開催に合わせて作った本らしい。発行元のタッドというのは、編集プロダクションか広告代理店だろうと思う。
 この本を買った理由は、私にしては極めて珍しいことで、ビジュアルに誘われたのだ。全ページに版画風のイラストがあり、その多くはカラーだ。短い文章はテンポがよく、英語の対訳がついている。文章よりも絵が勝っている本だが、大阪のある時代を表す資料にもなる本で、もしかして古本屋で高い値段がついているかもしれない。捨てるのは、ちょっと待て。
 すぐさまアマゾンで調べたら、1円。そうか、世間の評価はその程度か。高くても、どこかに売りに行くことはしないから、どうでもいいのだが、安いということは興味のある人がほとんどいないということなので、心置きなく捨てられる。
 ウチの書棚で『なんば物語』の隣りにあった本は、難波にも大阪にもまったく関係ない本で、「とりあえず、置いておこう」ということだけで、もう何年もそのままになっていた本だ。「捨ててもいい本」に選んだが、この本もアマゾンで調べてみたくなった。『民間放送史』(中部日本放送、四季社、1959)は、日本の放送と海外旅行の関係を知りたくて買った本だ。1959年の出版なのだが、定価はなんと500円だ。この時代の巡査や小学校教師の初任給は8000円に届かない。日割りにすれば、1日300円ちょっとという時代の500円だから、今なら1万円以上する本ということになる。私が知りたい情報はなかったので、もう捨ててもいいのだが、念のためアマゾンで調べてみたら、3000円弱で売りに出ていた。だからと言って、古本屋に売れば、「買い取れませんね」と言ってタダで引き取るに違いない。