663話 きょうも散歩の日 第21回

 イカリング揚げ


 マラガのカフェテリアに入ったら、メニューに”Calamares a la romana”があった。この料理を、なぜ「イカのローマ風」と言うのかわからない。正確には”flitos”(揚げる)という語がつくのだが、無くても意味は同じだ。イカリング揚げのことだ。こういう店だから冷凍食品に違いないが、いいねえ、食いたい。さっそく注文すると、フレンチフライが添えられて、テーブルにでてきた。店主に手をあげると、何も言わないのに、”limón?”と、私の気持ちを読み取って、レモンを半分もってきた。イカの衣は、タマゴや牛乳がたっぷり入っているからふくらみ、しかしカリカリに揚がっている。ひと口かじると、なんだこりゃ? まるで練り物のようなイカだ。
 この料理に関して英語の書き込みを検索すると、カタルーニャのレストランで食べたイカリング揚げを、「衣が厚すぎる。こんな料理を注文しちゃいけない」という書き込みがあった。画像検索すると、小麦粉をまぶして揚げただけのものと、小麦粉にタマゴとミルクを混ぜた衣をつけて揚げ、まるでドーナッツのようになったものもある。出来上がりの姿がそろっているものは、工場で作った冷凍食品だろう。日本で売っているイカ料理の冷凍品、例えば「イカリング揚げ」や「イカフライ」でも、同じようなフニャフニャのイカに出会ったことがある。スーパーで売っているイカの揚げ物や、弁当に入っているイカフライは歯ごたえがあるのになあと疑問だった。
 バルセロナのサンタ・カテリーナ市場で、冷凍食品専門店を見つけた。日本のスーパーと違うのは、冷凍食品はむき出しで売っていることだ。まるで豆やキャンディーのように量り売りをしているのだ。数多くの冷凍野菜と並んで、このイカ・リング(衣つき)の冷凍品も量り売りをしているのを見つけた。値段には、高いのと安いのがあり、どう違うのかわからないし、安いものが、マラガで食べた練り物風のリングなのかどうかもわからない。パエジャなどの、米料理の冷凍品も量り売りされていた。冷凍品が悪いわけではない。昔と違って、冷凍食品だからと言って、すべてが「粗末な安物」というわけではない。イカの種類の違いかもしれないが、カマボコのような、歯ごたえのないイカがいやなのだ。私が食べているような安食堂で大活躍しているのが、この手の冷凍食品だろう。
 衣の件をもう少し調べてみたくなった。『スペインの竈から』(渡辺万里、現代書館、2010)でこの料理を「輪切りにしたイカをレボサールという衣を付けてフライにするもので」と説明しているが、これだけではまるでわからない。説明不足だ。レボサールはrebozarでスペイン語辞典では、「小麦粉にタマゴとミルクを混ぜた衣、あるいはパン粉をまぶす」となっているのだが、画像検索では粉だけまぶしたものと、小麦粉・タマゴ・ミルクをまぜた衣の両方が登場するので、現実にはいろいろあるようだ。
 “a la romana”という語がどうも気になっていて、インターネットで調べてみると、世の中便利なもので、カタルーニャ語・英語辞典があって、この語が出ていた。
 元々の意味は、「ローマ風に」だが、「粉とタマゴを混ぜたものを衣にして揚げること」という説明がついていた。なぜ、こういう料理法が「ローマ風」なのかはわからない。
 1975年のマドリードで、初めて入ったバルで見つけたのがイカリング揚げで、スペイン語イカを「calamaresカラマレス」というのだと知った(単数形は、caramar)。スペインのことを何も知らなかったから、まさかスペインでイカに出会えるとは思わなかった。突然の出会いがうれしくて、そのバルでイカを注文し、普段は飲まないのにビールを注文し、ビールを意味するserveza(セルベッサ)という単語も同時に覚えた。その時の印象は強烈で、「スペインのcalamares a la romana イカリング揚げはうまい」と刷り込まれていたのだが、今回の旅では「さすが、スペイン!」と思えるイカリング揚げに出会うこともなく、平均点では日本のお総菜売り場で売っているリング揚げの方がうまいという感想に変わった。スペインではオリーブオイルで揚げていると思うが、特に「だからどうだ」ということはなかった。
 次回は、パエジャの話をする。