684話 きょうも散歩の日 2014 第42回

 雑話いろいろ その5


■モロッコの市場を歩くと、沙漠地帯にある内陸の都市でさえ、食材が豊富なことに気がつく。魚も、イワシ、アジ、タチウオがあり、イサキに似た魚もあった。野菜では、日本のスーパーにあるもので、モロッコの市場にないのは、ゴボウとモヤシとシソとカイワレと、ナッパ類か。サラダ菜、レタス、セロリは豊富にある。果物類は日本の小さなスーパーよりもむしろ種類が多いかもしれない。意外に思ったのは、ショウガが山積みで売っていたことだ。だから、コンニャクとかゴボウといった特殊なものを除けば、日本人の好みに合う料理の食材は、簡単にそろう。「モロッコの市場」を感じさせる匂いは、ミントであり、そしてコリアンダーである。
■モロッコの市場で、「洋ナシのような実だが、黄色い果物は何かな」と思い近づくと、カリンだとわかった。「モロッコでは、カリンをどうやって食べるのだろうか」。こう日記に書いて、帰国後調べてみた。ネット上には、モロッコではカリンを甘く煮てジャムにするといった情報がいくつも出ている。それと同時に、マルメロも同じ料理法で紹介されている。カリン(バラ科カリン属)とマルメロ(バラ科マルメロ属)は、私には外見では区別がつかないほど似ている。私がモロッコの市場でよく見たのが、どちらなのかわからない。植物図鑑では私には区別がつかないから、農業の資料で調べたら、すぐにわかった。カリンは東アジア以外ではほとんど栽培されていない。マルメロの生産では、モロッコは世界第4位だ。ということは、私がモロッコの市場で見たのは、カリンではなく、マルメロだ。モロッコでは、マルメロをタジン料理の材料としてジャガイモのように一緒に煮たり、西洋料理の「カモのオレンジソース」のようにジャム状にして肉と煮込むようだ。
■モロッコで見たいくつかの専門店を思い出す。マラケシュの夜のフナ広場で店を開いていた飲食店は、日本人にはなかなか入りにくい専門店だろうと思う。ひとつは、カタツムリ料理店。もうひとつは、ヒツジの脳みそ料理専門店。顔の皮をむかれたヒツジの頭が並んでいる。エルラシディアでは肉屋のブースが並んでいて、売っているのは七面鳥。それぞれの店が、七面鳥を一羽仕入れて、無くなるまでの営業だ。
■この旅物語の第9回で、モロッコの自動車事情を書いたが、長くなるので書かずにいた話題がある。それはモロッコのスクールバスの話だ。モロッコのいくつもの街でスクールバスを見かけたのだが、興味深いことに、どの車もほぼ同じスタイルをしていながら、マークがスリー・ポインテッド・スター(メルセデス)だったり、VWだったりする。法律などで外観が規定されているのか、1社が外装を担当しているのか、そうした理由はわからないが、皆同じスタイルのボンネットバスなのだ。トラックの車体を使ったバスなのかもしれないが、今時、ボンネット型の大型トラックなどアメリカ以外ではほとんど生産していないだろう。
 ボンネット型のスクールバスと言えば、映画などで見るアメリカの黄色いスクールバスを思い出す。そこで今、調べてみると、路線バスのような箱形バスもあるが、郷愁というのだろうか、最新式のスクールバスも、トラックを改造した旧式のスクールバスを模して、同じようなボンネットバスにしているものもあるという。自動車ライターが調べれば、スクールバスだけで、かなりの分量のルポになるだろうが、あの人たちは興味がないらしい。スクールバスのことを書いても、自動車メーカーから厚遇されないしね。
■この旅行記の第4回で、CS&Nの「マラケシュ・エクスプレス」(1969)という曲に触れた。その後にちょっと調べたことを加筆しておこう。この曲は、作曲者でもあるグラハム・ナッシュが2015年に来日して、日本のラジオ番組で語ったことによれば、1966年にモロッコを旅した時の思い出を歌にしたものだという。彼をモロッコに誘い出したのはビート世代だった。作家であり作曲家でもあるポール・ボウルズ(1910〜1999)は、1947年から56年までタンジールに移住して、『シェルタリング・スカイ』(1949)など、モロッコを舞台にした小説を書いている。作家のウイリアム・バロウズ(1914~1997)も、1953年からモロッコのタンジールに移住していた。1960年代のヒッピー世代がビート世代の影響を強く受け、モロッコ詣でをした結果生まれたもののひとつが、この「マラケシュ・エクスプレス」というわけだ。
 ビート世代の詩人アレン・ギンズバーグは1960年代前半にインドに移住し、60年代後半にビートルズがたびたびインドに行ったことにより、団塊の世代であるヒッピーの関心は、モロッコからインドへとしだいに移っていったのだと想像している。
https://www.youtube.com/watch?v=u7XIL67QSME
 歌詞の紹介しておこうか。旅の誘い出す歌だが、日本ではそういう効果はあまりなかったような気がする。モロッコで、「豚の鳴き声」というのは気になる。キリスト教徒もいることはわかっているが、これは何かのメタファー(隠喩)なのか。
http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/20060819