705話 台湾・餃の国紀行 2015 第10話

判読の楽しさ その1


 日本人の私が台湾のテレビを楽しめるのは、生中継でもなければ字幕が入るからだ。当然、英語や日本語の字幕ではなく中国語の字幕だが、なんとなく内容がわかるのが楽しい(台湾のテレビ放送で、なぜ中国語の字幕がつくのかといった言語事情は、興味があれば自分で調べてください)。テレビだけではなく、街の看板や張り紙や案内板や広告などを読んで、すぐにわかるとうれしい。例えば、バス停で路線図を見れば、その道を走るバスの行き先が瞬時にわかり、どのバスに乗ればいいかがわかり、予想もしていなかったルートを発見して、新たな旅が始まったことなどいくらでもある。他の外国語では、瞬時に情報を読み取ることはできない。
 台湾に着いたその日の夜に見たテレビで覚えた中国語が、「基改」。もちろん、この単語だけではまったくわからないが、醤油のCMに、「非基改黄豆」を売り物にしているという宣伝文句でわかった。黄豆は大豆のことだ。「改めていない大豆」というような意味で考えてみれば、これは「遺伝子組み換えをしていない大豆」を使っているという意味だろうと想像できる。翌日、科学番組(そんな番組も見るんだと自分でも、びっくりした。完全ザッピングだから、どんな番組に出会うかまったくわからないのがいい)で、基改は「基因改造」を略したものだとわかった。判読というのは判じ物と言う意味でもあり、クイズをやっているようで楽しいのだ。辞書で調べたら、「基因」は、遺伝子のことだとわかった。勘は当たった。
 バスの窓から街を眺めていたら、オートバイ屋が見えて、看板にオートバイのブランド名のようなものが羅列してあった。Night Hawkとあって、そこに中国名「夜鷹」とあったが、日本ではこの名はまずいだろうなと想像して、笑った。のちに、軍の特殊部隊にも「夜鷹」というのがあることを知った。
 中国語をまったく勉強したことがなくても、日本語ができれば誰でも内容がわかる中国語が、台湾にはいくらでもある。もちろん、聞いてわかるのではなく、見てわかる中国語ということだ。中国の中国語は簡体字という書体を使い、台湾では繁体字を使う。簡体字とは、こういう漢字だ。( )内は台湾で使っている繁体字。产(産)、华(華)、进(進)、队(隊)と言う具合だ。なかには、日本人には簡体字の方がわかりやすいということもあるが、全体的には台湾で使っている繁体字の方がわかりやすい。
 駅で見た美容整形のポスター。「無痛乳房整形」。これは、詳しい手法はわからないが、意味はわかる。宣伝の詳しい文章も読んでみたが、これは正確に読み取れたかどうかわからない。どういう内容かと言うと、「体の脂肪を吸いだして、その脂肪を乳房に入れる豊胸手術」と読んだのだが、はたして正しいのかどうかわからないのだが、散歩途中でもテレビでも、そういう文章を判読しているのが、私の台湾遊びだ。
 当然ながら、中国語の文章や単語のほとんどはわからないのだが、漢字そのものは見慣れているが単語の意味がわからないというものと、その漢字そのものが見たことがないというふたつの場合がある。
 「租」という字はもちろん知っているが、看板の文字だとたいていの日本人はその意味がわからないだろう。私は、だいぶ昔に香港で覚えた。ビルなどに「出租」とあり、その下に「To Let」。これはイギリス英語。アメリカ英語なら「For Rent」になることは、アメリカのどこかのチャイナタウンで覚えたような気がする。租は租借や租界のように「借りる」と言う意味だが、「出租」で、「貸します」の意味だと、散歩をしながらわかってきた。「售」は、日本では見ない漢字だが、台湾ではしょっちゅう見かける。私は、その漢字がある状況から考えて、「売る」という意味だとわかった。售票處(切符売り場)、自動售票機(自動券売機)、出售(売り出し)、售完(売り切れ)など、その語が使われている状況から想像して、意味をだんだんに覚えていくのだ。
 テレビニュースで登場した「酒駕」にひっかかった。すぐに次のニュースに変わったので、なんのニュースだったかわからない。「酒」はわかる。「駕」は駕籠で使う字だから、カゴに関係あるのだろうか。このふたつの漢字を組み合わせても、意味がわからない。しかし、酒のCMに「酒駕禁止」、交通事故のニュースで「酒駕」が出てきて、これは「飲酒運転」のことだなとわかった。帰国して中国語辞典を調べたら、「駕」は、「操縦する、運転する」と言う意味の漢字だとわかった。重いから、台湾に辞書を持っていってない。
 台北を散歩していたら毎日目にする語だが、日本で目にした記憶がない漢字が、「捷」だ。「捷運」というのは、台北と高雄にある新交通システムMRT(Mass Rapid Transit)のことで、現実的には地下鉄だと理解して、ほとんど間違いない。「捷」という字になじみがなかったのだが、辞書を引けば「敏捷」の「捷」だとわかった。こんな字は単独では知らないが(確実に読めない)、「敏捷」なら読める。「捷」は、「すばやい」という意味だ。
 テレビのニュースで、阿里山のホテルで食中毒が発生したと報じたときの画面に出てきた文字が、「上吐下瀉」。これを日本語で説明すると、4文字ではとても無理だ。
商店の「7折」は、日本語で言えば「7割引き」ではなく「7掛け」、つまり3割引きだということは想像できたが、「買二送一」はわからなかったので、前回、宿のおばさんに教えてもらった。「ふたつ買うと、もうひとつはタダ」。「送る」には「贈る」の意味もあることを辞書で知った。
 こういう話は、長くなりそうなので、次回に続く。