711話 台湾・餃の国紀行 2015 第16話

 台湾の薄味について、あるいはラーメンの話 その2

 「台湾の薄味」をラーメンから探るのに格好の例が見つかった。熊本では有名な「味千ラーメン」は、台湾のラーメン史を語る上で、極めて重要な存在らしい。
 味千ラーメンは、日本国内に89店舗あるものの、その多くは熊本県内にあるので、全国的な知名度はほとんどない。しかし、海外には691店舗ある。こういう事実を知って、タイと香港で多くの店舗を持つ8番ラーメンを思い出した。石川県加賀市で創業したラーメン店で北陸地方では有名だが、全国的な地名度はない。しかし、タイ国内には111店舗もあり、街に住んでいるタイ人なら、このラーメンチェーンを知らない人はいないといっていいくらい有名だ。8番ラーメンを思い出したこのひらめきが、あとの話で結びつくので、頭の隅にとどめておいてほしい。
 製麺所でありスープを製造する熊本の会社が、「味千ラーメン」として、ラーメン屋を開業するのは1972年だった。経営者は日本名を重光孝治という台湾の高雄出身の客家人である。台湾人が、豚骨白濁の九州のラーメンの店を熊本で開いたのである。「故郷に錦を飾る」という意識があったのだろう、台湾の縁者の要請があって、味千ラーメンは「味千拉麺」の名で、1994年に台湾に進出する。台湾人にとって、豚骨ラーメンはどうだったのか。孝治の娘で現在取締役広報室長の重光悦枝氏は、あるテレビ番組(「世にも不思議なランキング なんで? なんで? なんで?」TBS, 2015年6月1日放送)で、こう語った。
 「台湾側の業者に調理をまかせたら、味がどんどん変わっていき、2年ほどで撤退しました」。そして、番組ナレーションでより詳しい解説をした。濃厚な豚骨スープが台湾人向けではなく、調理を担当した台湾人が薄めたが、客は来なかったということらしい。それで、2年ほどで撤退している。
 ちなみに、この番組では創業を「1968年」と説明していたが、それは製麺業を始めた年で、ラーメン店開業は1972年だと、味千ラーメンのホームページにある。なぜ、こういう細かいことを書いているかと言うと、番組のナレーション原稿の正確さが保障されないからだ。同時に、「日経ビジネスオンライン」を初め、ネット上に数多くある味千ラーメン関連の文章では、ラーメン店の開業を1967や68年にしているものがいくらでもある。ホームページや当事者に確認せずに、誰かが書いた文章をそのまま流用したからかもしれない。
 それはともかく、前回紹介したインリン・オブ・ジョイトイのブログにあったように、1994年の時点では、あの濃厚なスープのラーメンは、台湾人には受け入れられない味だったようだ。「日本のラーメン屋が台湾で商売しようとしてダメだった」という事実なのだが、興味深いのは、そのラーメン屋の経営者が台湾人(帰化して、元台湾人とした方がいいのかもしれないが)で、台湾進出のときはまだ存命だった。つまり、台湾人の味覚をよく知っている人が進出を決めたのだが、うまくいかなかった。ちょっと早すぎたようだ。
 ただ、疑問も残る。濃厚な豚骨スープだから台湾人に受け入れられなかったのだろうかと言う疑問だ。このテーマの調べものをしているうちに、8番ラーメンのことが気になった。加賀市発祥の8蕃ラーメンの話はすでにしたが、このラーメンチェーン店も、味千に遅れること10年、2004年に台湾進出を果たしているが、2010年に撤退している。8番ラーメンは濃厚豚骨スープではない。あっさりした味のスープだ。それでも撤退している。8番ラーメンは撤退したままだが、味千ラーメンは台湾に再進出したものの、店舗はまだ2軒しかない。タイに7店舗、ベトナムに3店舗、フィリピンに5店舗、シンガポールに18店舗もあるというのに、創業者ゆかりの台湾でまだ2店舗と少ないのは、ラーメンの味だけが原因とは思えない。
 飲食店の海外進出が失敗した理由は、その料理が受け入れられなかった場合のほかにも、合弁企業との関係などほかの要素も少なからずあるので、失敗の原因を食文化だけで論じることはできない。台湾で2010年以降に豚骨スープのラーメンが爆発的人気になったのは、日本のラーメンブームと、訪日観光客の増加という面もあるような気がする。観光客が日本でラーメンを食べて、「これはこれで、うまい」と感じたのだろう。
 前回の雑語林で、台湾人にとってラーメンは主食扱いであるという仮説を書いた。ラーメンは、日本人にとっての米の飯に近い認識だから、おかずが必要なのだというようなことを書いた。この仮説は、どうやら正しかったようだ。上に書いたテレビ番組「なんで? なんで? なんで?」では、600店舗以上展開している中国の味千を取材して、日本の店とはメニューがだいぶ違うというエピソードを紹介している。中国人は、麺におかずが必要なので、中国の店では、豊富なサイドメニューがあり、客は揚げ物などをおかずに、麺料理を主食として食べているという。東南アジアの米食地域では、米が主食でおかずといっしょに食べるという発想なので、麺料理はそれだけで食事であったりスナックとして存在し、麺におかずは必要ないという考えだ。韓国の場合もおかずは必要ないが、キムチかタクワンは絶対に必要だが、華人は違うようだ。
 台湾のラーメン事情に関して、ジェトロの資料もある。
 https://www.jetro.go.jp/world/asia/tw/column/007.html
  次回は、韓国ラーメン事情にも触れる。