前回の台湾旅行で、休日の高雄の公園で、多くのインドネシア人を見かけたという話を、このアジア雑語林の562話に書いた。台湾在住外国人は、国籍別に見てインドネシア人がもっとも多いらしい。道路や公園で、デパートで、車椅子を押している女性の多くはインドネシア人かフィリピン人だろうと思われる。
台北にインドネシア人街があるという噂を耳にして、探してみた。インドネシア人そのものは、わざわざ探す必要もなく、台北駅構内や駅周辺にいくらでもいる。駅の床か駅前の植え込みなどで話し込み、何かを食べているのは、外見的にインドネシア人だ。前回の旅では、駅や駅周辺でこれほどのインドネシア人を見かけなかったのに、今回はどこででも見かけるのは、春節のせいだろうか。商店や工場などが長い休暇に入り、住込みの従業員は住処を失ったのだろうか。休暇中は、寮が閉鎖されたのだろうか。荷物を持った人も多いので、休日に駅周辺に出てきたというわけでもなさそうだ。駅の椅子のない待合室(バンコク中央駅も同じように、待合室らしき空間に椅子はなく、客を床に座らせるようにしている)の床に腰を下ろしている人は、リュックを持っている人も多く、仲間たちと行楽に行くのか、ほかの街で働いている友人に会いに行くのだろうか。しかし、駅の外で車座になって話し込んでいる人たちは大きな荷物もなく、これはただの世間話の場なのだろうか。そういうインドネシア人は、いくらでも見かけた。
台北駅のすぐ近くにインドネシア人街があるという噂だったので、付近を歩いたら、すぐに見つかった。駅から道路一本隔てただけの場所だから、駅の建物から徒歩1分とかからない。天成大飯店(コスモスホテル)のすぐ裏だ。インドネシア料理の食堂が何軒かあり、そのほかに雑貨店や美容院などがあり、「インドネシア人街」と呼ぶにはあまりに狭い。「路地」と呼ぶのがふさわしい。この一角は、アウトドア用具店が何軒もあって、そういう意味でも興味深い場所だ。
正月時期ということと関係があるのかどうかわからないが、昼ごろに行くと、100人くらいの人がいた。食堂は、あらかじめ作った料理を客が選ぶ自助餐方式で、経営者は中国人だ。この中国人と言う意味が、「台湾人」かもしれないし、インドネシア育ちの中国人、いわゆる華人かもしれないし、国籍はわからない。どの店も満席のようで、コンビニ弁当のような容器に入れたものを、その辺に腰掛け、しゃがみ、食べている人も多い。
それぞれの店を点検していくと、非常に混んでいる店と、比較的空席があるというあまり流行らない店があり、客がそれほど多くない店はそれなりの理由があるのだろうなとは思いつつ、混んでいる店の4人掛けテーブルのひとつあいた席に入り込む勇気はなく、すいている店で空席を見つけて座った。おかず3品と少量のご飯で、150元。台湾料理の自助餐の倍の価格だ。うまいが、高い。イスラム教徒が安心して食べられる料理の店ということで、客の足元を見た高価格のように思えた。高くても、友人知人に会える場所なので、この一角に集まって来るのだろう。耳を澄ませば、インドネシア語ではない言葉も聞こえてくる。スンダ語だろうか、ジャワ語だろうか、それともほかの言葉なのか私にはわからない。母語として、日常的にインドネシア語を使っているインドネシア人は、調べ方にもよるが、全人口の10パーセント程度とも言われている。多くのインドネシア人にとって、インドネシア語は「よそよそしい言葉」なのだ。
ここが台湾人の食堂街ではないとよくわかるのは、料理そのものの違いではなく、この汚さだ。食べた容器、飲んだビンをその辺に散らかし放題で、食堂側も大きなゴミ箱を用意しようという意志はないようだ。
おそらくこの場所は、駅脇という立地条件が良く、しかし、建物が老朽化していることを考えると、都市開発計画地で、立て直し不可ゆえに、取り壊しまでの借家だろう。だから、ここが消えるのは、時間の問題だろう。2015年2月には確かにあったが、2016年にもまだあるという保証はない。
前回の旅行で買った台湾の食文化誌「好吃 13号」(2013夏号)で、台北の隣りの市、新北市の華新市場にはビルマ料理の食材が揃い、したがってビルマ人街もあるという情報を得ていたのだが、今回も行きそびれた。行きたい場所、やりたいことがたくさんあって、未消化の事柄が多くなってしまうのだが、だからといって、過密スケジュール作り、それを大急ぎで消化する気など毛頭なく、毎日をのんびり過ごしている。私はガイドブックの取材に来ているのではないのだから、効率的な取材計画など必要ない。
台湾在住外国人の国籍別人数は、インドネシア、ベトナム、フィリピンの順らしいので、台湾のどこかに、それぞれの人々が集まる場所があるということだろう。そういえば、高雄駅近くに、ベトナム料理店が何軒かあったなあ。台湾のなかの外国を探すのも、また楽しい。