727話 3冊の本


 ある大型書店でおもしろそうな本を探したら、購入候補が10冊ほどあり、厳選して3冊に絞り込んのだが、結局1冊も買わなかった。1冊は、すでに読んだような気がするので、帰宅して調べておこうと思ったからだ。あとの2冊は、出たばかりの本だから、もちろんまだ読んでいないが、定価で買うほどの内容でもなさそうだという危惧があり、帰宅してネット古書店で販売価格を調べてみたかったのだ。ネット書店でも定価通りの販売だとしても、送料無料だから、書店で買ってもネットで買っても支払額は同じになる。書店にとっては嫌な客だが、「これはすごい!」と言う本があまり見つからない昨今では、「本屋でニコニコ現金払い」ということにはなかなかなりにくい。
 帰宅して、調べてみた。読んだかもしれないと思っていた本、『関西弁講義』(山下好孝講談社学術文庫、2013)は、出てすぐに読んでいた。2年前に読んだ本をはっきりと覚えていないとは、記憶力の低下が著しい。おそらく、言語学的に関西弁を分析研究した内容が、私には退屈で、精読には至らなかったので記憶にないのだろう。
 さて、残った2冊だ。日本人の海外旅行史研究の資料になるかもしれないと思ったのが、『JALパック「いい旅、あたらしい旅。」の創造者たち』(株式会社ジャルパック編、ダイヤモンド・ビジネス企画:発行、ダイヤモンド社:発売、2014)。定価1500円(税込で1620円)の本が、アマゾンのマーケットプレースで、1円(送料込みで、258円)だ。それも何軒もの古本屋が1円で出品している。すぐさま注文して、読んでみると、古本屋の鑑定眼は確かだったとわかった。さすがだ。1円の売値は、正当な評価だろう。「ジャルパック」というブランド誕生50周年を記念して作った本で、どうもこの本、宣伝用の自費出版物が一部書店販売に回したという感じの本だ。あくまで私の想像だが、例えば4000部製作して、3000部をジャルパックが買い取り、関係各社や個人に配り、残り1000部を書店での販売用にしたというような仕組みの本ではないか。
 書店でこの本に注目したのは、1960〜70年代の旅行パンフレットなど小物のビジュアル資料があったからで、文章には気にも留めなかったのだが、やはり資料的価値はない。「1964年の東京オリンピック開催を見越して海外旅行の自由化が決定されたことで・・・・」などと書いているが、「日本でオリンピックが開催されるから、日本人が自由に外国に行けるようにする」という理屈は、まったく成り立たない。日本の海外旅行自由化というのは、OECDIMFが関係する経済問題の解決策だったのだ。この話をきちんと解説すると長くなるので、今回は省略する。日本人の海外旅行史を調べるということは、戦後の日本経済史や外交史などもざっとさらっておく必要があるのだが、旅行を調べる人はそういう方面のお勉強をしない。
 書店で買おうかどうか迷ったもう1冊の本は、『定食ツアー 家族で亜細亜』(今柊二亜紀書房、2015)。この本も税込1620円で、出たばかりの本だがアマゾンの古本屋では安い価格だった。いくらだったか覚えていないが、送料を加えても、定価よりももちろん安かった。亜紀書房といえば、『英国一家、日本を食べる』(マイケル・ブース)がベストセラーになった版元で、「日本一家、亜細亜を食べる」という本にしようという意図があったのかもしれないが、内容はあまりにおそまつ。「ツアーに参加して家族4人で旅行をしました。ツアーについている食事以外は、お父さんは日本料理、子供たちはマクドナルドなどのファーストフードを食べました。そういう旅行記です」という内容だ。そういう構成だと少しはわかっていたのだが、定食モノの本を書いているライターの本だから、もう少しマシな内容を期待していたのだが、残念。縁もゆかりもない家族の仲良し旅行記を楽しく読める人には何ら問題はないが、私はそういう読者ではない。この本には、店の詳しいガイドなどはない。わざわざ行くような店も出ていない。だから、カラー写真とイラスト満載のガイド本を買うような人も、この本は買わない。コンビニ弁当も取り上げているが、考察はない。つまりほとんどの人にとって、利用価値のない本なのだ。
 この著者のほかの本は読んだことはないが、食文化関連の本を多く書いているので、多少はその方面の知識のある人だと思ったのは、どうやら誤解だったらしい。「韓国に老舗食堂がないのは、朝鮮戦争のせいだ」としているが、韓国人は飲食業を正業だとは思っていないから、カネが貯まればできるだけ早くやめようと思っているから老舗ができないのだ。これは、韓国文化の基礎知識だ。
 「シンガポールのコーヒーやパンがうまいのも、ステーキにご飯がつかないのも、かつての宗主国イギリスの影響だ」という説を唱え、「フィッシュ&チップスにライスもパンもつかないのは、基本ビールのつまみだから」だという。こういう変な記述を書きだせば、キリがない。
 それにしても、食文化の勉強をしてから食べ物の話を書くというライターは、とんと登場しないもんですなあ、森枝さん。食文化って、そんなにつまらん学問なんですか。