グラフィックデザインが図案といわれていた時代
山藤章二（1937年生まれ）という人物への興味と、グラフィックデザインの戦後史などへの興味もあって、『自分史ときどき昭和史』（山藤章二、岩波書店、2014）を読んだ。山藤章二の本はほとんど読んでいるが、いかにしてイラストレーターになったのか、美術学校に行くいきさつなどはまったく知らなかった。
美術少年ではなかったというのは意外だった。高校に入り、どこかのクラブに入ろうとした。早くに父親が死んでいるので、カネがかかるクラブは無理だ。部室でひとり、石膏デッサンをしている光景が気に入り、美術部の入ることにした。部員は、2年生のその男だけ。同時に入部した友人は、のちに子供の本のイラストを書くことになる多田ヒロシ。広告業界に入れば、絵を描いて月給がもらえると知り、武蔵野美術学校（当時は大学ではなかった）に進む。じつは、ここは予備校のつもりで、絵の実技を学びつつ東京芸大に入学したいと思っていたが、受験に3度失敗して、腰を落ち着けてムサ美で学ぶことにする。日本ではイラストレーションとか、グラフィックデザインなどといった言葉が使われていない時代だ。
心を入れ替え、本格的にデザインの勉強をして、日宣美（日本宣伝美術会）の賞に応募した。文章の世界で言えば、直木賞のような権威ある賞で、山藤は見事、特選に入賞した。山藤と同じムサ美の学生、田名網敬一も受賞した。最高の日宣美賞を受賞したしたのは多摩美術大学（こちらはすでに大学だった）の学生で、その名は和田誠。ウィキペデイアでは、山藤と和田は1年違いの受賞となっているが、著者は同じ年の受賞ととれる書き方をしている。ちなみに、日宣美は1970年に解散した。解体運動の首謀者は、すでに大学になっていたムサ美の学生、戸井十月らだった。
写真の世界には、篠山紀信や浅井慎平や立木義浩（山藤と同い年）や、文章では野坂昭如、井上ひさしや寺山修司など才能のかたまりが姿を見せた。そう言う昭和史と山藤の個人史を重ね合わせたのがこの本だ。
自己顕示欲が強かったと、はっきりと認めている。広告の仕事で絵を描けばカネにはなるが、自分の名前は表に出ない。「名前を売りたい」、「マスコミに注目されたい」という自己顕示欲を満たすには、どうするか。妻が「さし絵ね」という。雑誌の連載小説にさし絵を描けば、作家の名前の隣りに画家の名前が載るという読みだ。そこで、細いコネを使って松本清張に会いに行き、その場で、近々始まる連載小説のさし絵の担当が決まった。『Dの複合』だ。こういうマスコミの裏の事情もよくわかる。
私は本を読むことは好きだが、読みもしない本を買う趣味はないので、それほど多くの本があるわけではない。だから、『蔵書の苦しみ』（岡崎武志、光文社新書、2013）で描くような蔵書の苦しみはないが、それでも、やはり、本の置き場所には苦労する。本を資料だと考えない人は、「断捨離」を実行するかもしれないが、読み捨てていい本ばかり買うわけではないので、どうしても溜まる。先日、「よーし！」と思い切って、棚の本を200冊ばかり取り出し、古本屋に売ってすっきりしたのだが、床に積んであった本を棚に収めたら、棚に空きはなくなった。
古本屋で見つけたその本は、自費出版物のような体裁だが、市販している本らしい。増刷されているから、ある程度は売れたらしい。『旅する人の地域研究 ビーズ・織物・影絵の語る現代世界』（加納弘勝、文化書房博文社、2005）の著者は、アジア経済研究所から津田塾大学の教授になった人らしい。この本は、かなり変わっている。世界のビーズや織物や影絵芝居の人形を美術からの視点ではなく、社会や歴史から眺めている。著者にはビーズの研究書（『世界のビーズ』、2011）もある。
実は、まだ読んでいないのだが、多分、ちょっと退屈するかもしれない。調べる時に使う辞書的な使い方はできるが、最初のページから読んでいくだけの好奇心は、ビーズや織物に対してはない。織物の模様のシンボル解読などはおもしろそうだが・・・・。
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