外国人料金
この旅物語の第7話でフランスのパン、バゲットの話を書いたとき、バンコクで会ったベトナム人の話をした。彼にもう一度登場してもらおう。
私がベトナム旅行を終えてタイに戻って来たばかりだというと、「だいぶ、ぼられたでしょ?」と彼が言った。
「ベトナムではぼられるというという話は聞いていたけど、相場を知らないから『ぼられたかどうか』という判断がつかないんだ。ただ、水は気がついた。500cc入りのペットボトルの水を、毎日2本くらい買っていて、どの店も『1万ドン』と言われて、その通りに支払っていたんだけど、ある日雑貨店で、いつものように1万ドン札を出したら、5000ドンのおつりをくれたんだ。『あれ、1万ドンじゃないの?』と聞いたら、『1万ドンは1.5リットルの方。小さいビンは、5000ドンですよ』というので、いままでぼられていたことがわかったんだ」
彼が苦笑いしながら言う。
「私が言うのも変ですが、ベトナム人って、ひどい人間でね、よそ者からは平気でぼるんですよ。外国人だからぼるんじゃないですよ。ベトナム人でも、相手がよそ者なら、同じようにぼる。ぼくはサイゴン出身だから、ハノイでしゃべれば南部訛りがあることがわかってしまう、すると、値段がはね上がるんだ」
かつて、ベトナムには明らかな外国人料金があった。それが政府の政策だったのだ。博物館などの入場料は、ベトナム人料金と外国人料金の両方が表示してあった。ベトナム語はローマ字表記だから、ちょっと勘が働く旅行者なら、外国人料金に気がついた。「勘が働く」というのは、タイで外国人料金があることを知っている人のことだ。タイの場合は、タイ人料金はタイ語で書いてあるからタイ語が読めないと気がつかない。ベトナムでは算用数字を使って表示するから、外国人でもわかる。タイにはタイ数字があるから、なおさらわかりにくい。ところが、タイ数字は外国人でも読めるかもしれないと思ったタイ当局は、数字もタイ文字で表記した。そういう博物館がある。日本を例にすれば、こういうことだ。外国人料金を「2000円」と書けば、外国人でも読める。そこで、「二千円」と書けば西洋人はわからないだろうが、中国人は読める。そこで、「にせんえん」と書けば、中国人も気がつかないだろうと考えたというようなコソクさだ。べトナムでは博物館入場料も鉄道料金も、外国人料金は廃止されたが、タイではまだイケシャーシャーと、外国人料金を設定している。世界各国は、タイ人からは高く徴収した方がいいと思う。
バンコクで出会ったベトナム人との会話に戻る。
「ベトナム人は、ベトナム人からもぼるんだね」
「もちろん、そうですよ。よそ者だとわかったら、一切容赦ない」
「例えば、どういうもの?」
「タクシーとか、値段がはっきりと書いてない食堂。市場で売っている物だって、高く吹っかけてくるよ」
「それはどのくらい?」
「2割とか3割増しの値段だったり、タクシーなんか場合によっては2倍くらい要求してくるよ」
『ベトナムぐるぐる』(なかがわみどり・ムラマツエリコ、JTB,1998)は、1990年代末にベトナムを旅した日本人女性ふたりと、なんとがぼったくりをしようというベトナム人との戦いの記録でもある。当時、鉄道料金は外国人はベトナム人の3倍、博物館入場料や寺院拝観料は、ベトナム人の10倍という時代だった。民も官も、「ぼったくり」が国是だったことは私も多少知っているが、現在はだいぶ変わったと思う。
よそ者にはぼるというのは、たぶん他の国でも似たようなものだと思う。私はどこの国行っても、日本以外では外国人だから、「同じ国民でもぼる」という体験はない。ただ、タイでこういう体験をしたことはある。
タイに住んでいた頃、ズボンを買わなければいけなくなったことがある。露店にちょうどよさそうなズボンがあったので、おばちゃんに値段を聞いた。
「これ、いくら?」
「230バーツ」
「130でどう?」
「とんでもない。200」
「200でも高いなあ。150なら買うよ」
こういう交渉をタイ語でしていると、私の脇に来た西洋人が、私が買おうとしているのと同じズボンを手にして叫んだ。
「 Hey, How much?」
「Three hundred !!」
おお、おばちゃん、英語で答えたよ。
「Two –fifty!」西洋人が叫ぶ。すかさず、おばちゃん、
「OK!!」
西洋人に250バーツで売った後、私とのタイ語による交渉に戻り、結局160バーツで合意した。タイ人が買うとしても、これよりちょっと安くなるだけだろう。こういう日用品はそれほど高くならないが、土産物や宝石などは、吹っかけ放題だ。しかし、価格は交渉で決まるというのは、貿易の世界だって同じなのだから、不法とか卑怯というわけではない。正しい商習慣だともいえる。高いと思えば、買わなければいいのだから。ただし、合意した料金を支払いの時になって倍額を要求してきてモメルということは、たまにあり、これはいけない。