776話 インドシナ・思いつき散歩  第25回


 サンダルの修繕 前編

 ハノイの旧市街を歩いていたら、歩道から私に何かを示すジェスチャーをする若い男が視野に入った。前方4メートルくらい離れている。男は私の足元を指さしつつ近づいてきた。サンダルを履いているにもかかわらず、靴磨きの売り込みに来ることはサイゴンでは体験しているが、ハノイではまだない。男は私の前で腰を折り、サンダルを指さし、右手に持った瞬間接着剤を近づけてきた。すばやく左手がサンダルのつま先部分に伸び、ゴム底と革の部分がちょっとはがれたところに接着剤を注ごうとした。危ない。危ない。このまま仕事をさせたら、いくら要求させるかわからない。「No!!」と言って、足を引いた。
 ゴム底と足の裏が接する革の接着部分は、わずか2センチほどはがれているだけだから、4メートル先からは絶対に見えないと思うのだが、どうやって気がついたのだろうなどと不思議に思いつつ、ホテルの部屋でサンダルを点検したら、左は2センチほどはがれていが、右はつま先から土踏まずのあたりまですっかりはがれている。こんな状態でホテルまで歩いてきて、なぜ気がつかなかったのだろう。
 この年、我が家に靴の悪霊がやってきたとしか思えない事件が連続した。帰宅したら、靴Aの底が少しはがれているのに気がつき、接着剤でくっつけた。ほかの靴も点検したら、サンダルAもはがれかかっているのがわかり、これも修理した。それから数か月後、ある研究会の日、退屈な話なのでつい下を向いたら、靴Bの底が半分くらいはがれているのに気がつき、休み時間に慌ててコンビニに行って、強力接着剤を買ってきて修繕した。帰宅してほかの履物を点検したら、サンダルBの右足の後ろ半分がパカパカとはがれそうになっているので、コンビニで買った接着剤の残りを全部注ぎ込んだ。
 ハノイに履いていったのはこのサンダルBで、あの日に接着しなかった前半分がはがれたのだ。ハノイでも接着剤探しをやるのはそれほど難しいことではないだろうが、探している間に路上でゴム底が完全にはがれてしまったら、面倒なことになる。だから、宿からあまり離れていない場所で営業している靴修理屋に依頼したほうが、万全ではないかと思った。
 宿のスタッフに相談すると、「ホテルを出て、右に歩いて2本目の道を右。そこに修理屋がありますよ」ということなので、夕飯前に出かけた。表通りを右に折れたら、何度も行っているフォーの屋台に出会い、愛想のいい女主人にサンダルを見せたら、斜め前方を指さした。そこは靴屋が並んでいる通りで、店の前に修理屋が店を開いている。
 先客がふたりいたので、風呂屋の椅子のように低いプラスチック椅子に腰かけて、順番を待った。先客は女ふたり。ハイヒールの、アキレス腱が当たる部分、専門用語ではクォーターというのだそうだが、靴ずれしやすい部分だ。その部分にスポンジをくるんだ人工皮革を接着していた。ベトナム人女性が、ごく普通にヒールの高い靴を履くようになってやっと20年というところだろう。
 さて、私の番だ。サンダルの底に接着剤をたっぷりつけて、しばらく待って、合体。これで終了なのだが、靴修理の若者は「縫うか?」というジェスチャーをした。これからの旅のことを考えたら、右も左も、きっちりと縫っておいた方がいい。ゴム底の部分と革部分を、しっかりと縫っておいた方がいい。
(以下、次回に続く)