813話インドシナ・思いつき散歩  第62回


 魔都ビエンチャン 中編


 ビエンチャンの有名な市場は、タラート・サオという。タイ人の男がこの名を耳にすると、ニヤリとするに違いない。タラートは「市場」だが、サオはタイ語だと「娘」のことだからだ。「娘市場」じゃ、売春婦置屋のようだ。「朝」を表すタイ語はチャオで、それがラオ語ではサオになる。「朝市」がラオ語だと、タラート・サオになるというわけだ。
 久しぶりに「朝市場」に行ってみたのだが、携帯電話機器と雑貨ばかりでおもしろいこともなく、すぐに出る。まあ、以前の市場もおもしろくはなかったが。道を渡ると、こぢんまりしたバスターミナルがあった。見慣れたタイのバスが停まっている。国際バスターミナルか。事務所に入ると、タイのノンカイやウドンターニーに行く国際バスがここから出ていることがわかった。時刻表を見ると、午後にも便がある。今から宿に帰って荷物を持って来れば、そのまま出国できる。よーし、Vamos(行くぜ)! こんな街に長居をすることはない。騒がしいバンコクでしばらく過ごした結果心身ともに疲れ果てた人なら、ラオスは癒しの楽園に思えたかもしれないが、私は大きな街が好きなのだ。
 宿に戻り、荷物を持ってテクテクと歩きだした。宿はすでにチェックアウトしたが、ビエンチャン滞在が、本当にこれで終わらせていいのかどうか、ちょっと考えていた。急いでバンコクに戻らなければならない用事があるわけではない。このままビエンチャンにしばらく居てもいいし、ラオスを南下してからタイに入ってもいいのだ。そうだ、思い出した。ラオスに来たのはこれが3度目ではなく、4度目だった。20年ほど前にビエンチャンに行ってから数年後、タイ東北部のウボン・ラーチャターニー県に遊びに行った。ウボンの宿の親父が、「ラオスとの国境の街チョーンメックがおもしろい」と言うので、そのアドバイスに乗って出かけたことがある。ここの国境は、陸路で超えてラオスに入ることができる。その当時は国境でビザは取れなかったから、道路にかかった遮断機の向こうのラオスをながめた。とくに、どうということのない田舎の風景だ。
 遮断機越しにラオスを眺めていて、奇妙な光景に気がついた。遮断機の脇は林になっていて、男たちが林に入っていく。踏みわけ道のようなものができている。方向的には、ラオスだ。もしかして、密輸の細道かもしれない。ちょっとおもしろそうなので、男たちの後について私も歩いて行ったら、ラオスに入ってしまった。密入国であるが、だからといって、どうということもなさそうだ。ちょうど昼時なので、食堂で米の麺を食べて、タバコをまとめて買い、タイのバーツで支払い、林の踏みわけ道を歩いて、タイに帰国(密入国)した。食堂の前にはおんぼろバスが停まっていて、それに乗ってしまえばビエンチャンに着くだろうが、面倒なことになるので、波風立てない密入国者に徹した。
 だから、私のラオス入国は、公式3回、非公式1回となるなどと考えながら、バスターミナルへの道を歩いた。やはり、ビエンチャンは、もういい。今すぐ国際バスに乗ろう。
 こういう行き当たりばったりの旅をしたいから、キャスター付きのスーツケースなど使わないのだ。ぬかるみ、水たまり、穴や石ころの道だと、キャスターなどたちまち壊れる。自分で持てないほどの荷物は持たなければいい。タクシーを使わないと荷物を運べないような旅は、今のところはしない。荷物を肩から下げて、10分ほど歩いてバスターミナルに着いた。スポンサーのいない旅だから貧乏なのだが、旅は完全に自分の自由にできる。思いつきで旅をしていると、自由を感じる。
 キップ売り場の前で考えた。行き先をノンカイにするか、その先のウドンターニーにするか。ノンカイは退屈だったという記憶があるので、より大きな街であるウドンターニーにした。ビエンチャン滞在20時間。それくらいで、充分だ。
 帰国してからのことだが、本屋に行ったら、目につくところに山と積んであったのが、発売したばかりの『ラオスにいったい何があるというのですか?』(村上春樹文藝春秋)だったので笑った。「なんにもないよ」と言いたい気分だった。この本は読んでいないからもちろん内容は知らない。本の内容がどうであれ、私はリゾート地や世界遺産の街が好きにはなれないのだ。街歩きが大好きな私には、首都ビエンチャンでさえ物足りない。濃厚な街の文化が、この国にはないのだ。1960年代のビエンチャンは、小じんまりとした街だったそうだが、アジアの街にはよくあることで、豊かになるとやたらに郊外に広がり、とらえどころのない偏平な街になっていく。