814話インドシナ・思いつき散歩  第63回


 魔都ビエンチャン 後編

 国際バスの乗客に、西洋人旅行者の姿は見えなかった。似たような顔つきの、似たような服装の人たちがバスを待っている。ラオス人の出国か、タイ人の帰国かの区別はつかない。ただひとり、やや誇張して言えば、「はきだめの鶴」のような少女がいた。デビュー当時の藤圭子のような髪型で、サロペットのロングスカートに、薄いピンクのカーディガン姿だ。男女とも、Tシャツにペナペナのジャンパー、ジーパンという服装が多いなか、この田舎町のバスターミナルで、「鶴」は目立っていた。1960年代後半の、日本の田舎町の、歌手志望の女の子が上京するという光景を想像した。出国窓口で、彼女がラオスのパスポートを握って順番を待っているのを見た。
 ラオス出国は何の問題もないと思っていたのだが、化け物の鵺(ぬえ)としか言いようのない規則が待っていた。イミグレーションは問題なく通過したのだが、税関窓口が待っていた。荷物の検査はないが、カウンターで旅行者が列を作っている。説明板を見ると、”Custom fee Over charge”と書いてある。通常勤務時間以外の夕方と休日に国境を通過する者は、時間外手数料を支払えという意味だが、「そんなアホな」と関西弁を使いたくなる。まず、税関の検査など受けていない。だから、手数料を支払う必要なないはずだ。そして、ラオスの公務員の時間外手当と休日出勤手当を外国人に支払わせるシステムが異様だから、鵺(ぬえ)と言いたいのだ。
 こういう非合理なことには文句を言いたがるタチだから、一応「お伺い」を立ててみたら、「私は休日に働いているんです。払うのが嫌なら、出国できないだけです」と脅してきた。だから、一党独裁社会主義国は嫌なんだ。「ラオスなんか二度と来るか、アホ! ボケ! カス!」という気持ちを込めつつ、しかたなく支払う。罵倒する下品な表現には、なぜか横山やすし橋下徹のような大阪弁が良く似合う。それにしても、このシステムが変なのは、徴収理由だけではない。全体的に変なのだ。ガラス張りの近代的な窓口で、「時間外・休日手数料」を支払わされると、プラスチックのカードが渡され、駅の自動改札機のような機械にそのカードを挿入して外に出る。これで、晴れてラオス出国となる。係官のポケットに現金が入らないようなシステムにはなっているのだが、最終的には、誰の懐に入るのだろう。私が鵺だというのは、時間外手当徴収員の人件費と、高額のシステム導入費と建設費をかけて、小額の時間外手当を徴収していることだ。経費は税金で賄い、収入は誰かの懐に入るシステムだろう。
 この、わけのわからんカネの徴収は以前からあったようだ。旅行人のホームページにある「海外現地情報板」の2002年情報でも語られているから、悪癖の歴史は長い。ダメ元で、在日ラオス大使館にこの鵺について電話をしたら、「そういう事実を、こちらでは把握していません」ということだった。絶えず文句はささやかれていても大問題にならないのは、1ドルくらいの、「まあ、いいか」という程度の小額だからだ。
 以前のベトナムや現在のタイのように、公然と高額の「外国人料金」が設定されているのは理解できる部分もないわけではないが、ラオスのこの制度は明らかに変だ。そういえば、この日の国際線バスにも、休日分費用、つまり休日サーチャージを取られていたんだ。平日と休日でバス料金が違うということは、バスターミナル従業員の休日出勤手当を利用者から徴収しているということだろうか。私が乗ったバスはタイのバスで、運転手などスタッフもおそらくタイ人だから、タイ人スタッフに休日手当が支払われるとは思えない。だから、このカネは監督官庁の役人に流れていくのかもしれない。そういう意味でも、ラオスは小さなベトナムである。
 付記ラオスの本を、おそらく世界で一番多く出している出版社めこんの桑原さんに、「都会派の私には、どうもラオスの魅力がわからないんですが・・・」と言うと、これを読んでくださいと、出たばかりの『ラオス全土の旅』(川口正志、めこん、2016)をいただいた。この本の50ページにも、この超過手数料に関する記述がある。著者は違和感や怒りを感じていないようだ。