846話 韓国、女のひとり酒 その1


韓国版「ワカコ酒

 『ワカコ酒』は、新久千映(しんきゅう・ちえ)作のマンガで、2011年から雑誌連載が始まった。OLがひとりで酒を飲み歩くというもので、明らかに『孤独のグルメ』の女版であると同時に、『孤独のグルメ』の主人公は酒を飲まないので、『ワカコ酒』は酒飲み版であるとも言えるのだろうが、私はこのマンガを読んだことはない。こういうマンガがあると知ったのは、2015年から始まった武田梨奈主演のテレビ番組を何本か見たことがあるからだ。「孤独のグルメ」は全作見ているのに、「ワカコ酒」は数本しか見ていないのは、私は酒を飲まないからということもいくらかはあるだろうが、ベテラン役者松重豊と空手家タレント武田梨奈との演技力の差である。
 「孤独のグルメ」は、放送時間のほとんどをただ食べているシーンが占めている。料理や食材のウンチクを語るわけでもなければ、料理法を解説するわけでもない。料理しているシーンもほとんどない。ただ食べているだけなのに、飽きさせずに見せる演出力と、年季を積んだ役者による演技力のなせる技である。食べタレ(食べるタレント。グルメレポーターという自称もあるが、食材や料理法などの解説はできないし、食べる姿を見せ続ける演技力もない)にはとうてい勤まらない。
 「孤独のグルメ」は中国版も制作されて、その「台湾編」を見たのだが、私が想像していたように、やはりドラマに主軸を置いている。日本版のように、ひたすら食べるシーンが続くというわけではない。ただ食べるだけの演出では視聴者を満足させるのは難しいのだ。だから、どうしてもドラマを中心にする。
 韓国では「深夜食堂」と、この「ワカコ酒」がテレビドラマ化されている。「深夜食堂」の方はいずれ機会があれば触れるかもしれないが、今回は韓国版「ワカコ酒」について書く。
 「ワカコ酒」は、韓国で「私に乾杯 ヨジョの酒」というタイトルで全10話放送された。ヨジョは、主人公の名前。出版社の課長(33歳、女性、未婚)という設定である。
 http://www.cinemart.co.jp/kanpai/
 第1話には、食堂の客のひとりに武田梨奈が映っているという演出があったが、これは日本版「孤独のグルメ」の「台湾編」に、中国版「孤独のグルメ」の主演である香港のウィンストン・チャオが、やはり客のひとりとして食事しているシーンが出てくるというのと同じ趣向だ。
 なぜ「私に乾杯 ヨジョの酒」を見てみたいと思ったのかというと、韓国の食文化観察のためである。韓国人は、できることなら、ひとりで食事をしたがらない。勤め人や学生がひとりで食事をしていると、「いっしょに食事をしてくれる人がいないかわいそうな人だ」と認識されるらしい。ただし、民族のこのクセも、しだいにゆるみつつあるらしい。年齢が下になれば、ひとりだけの食事に比較的抵抗感がなくなる。人によっては、ひとりで食べたいという若者も現れて来たらしい。飲食店で、ひとりで食べることにあまり抵抗がないのは、ハンバーガーショップのようなアメリカ式ファーストフード店で、外国料理の場合も、比較的抵抗がないらしい。だから、ひとりで店に入ることにもっとも抵抗があるのは、韓国料理店で、とくに酒の席だという。つまり、ひとり酒というのは孤独の象徴なのである。こういう情報は、「朝鮮日報」日本語版による。
 韓国のドラマや映画では、ひとり屋台で酒を飲むというシーンがよく出てくる。興味深いことに、その場所はほとんどが屋台で、居酒屋(食堂)でひとりという例は少ない。屋台で焼酎をがぶ飲みする。のんびりと、優雅にひとり飲むということはなく、前後不覚になるまで焼酎を飲む。ドラマでは、屋台で飲む前のシーンで、失恋や裏切りなど失意の状況に置かれたかわいそうなその人物は、酔ってつらさを忘れようとしているのだ。「ひとり、酒を飲む」というシーンは、日本人が感じるよりもはるかに哀れなシーンなのだと、韓国人は感じるらしい。日本にも、「ひとり、酒場で飲む酒は・・・」(悲しい酒)という大ヒット曲があるのだが、この悲しさやわびしさは、韓国人の方がより強いらしい。
 さて、そこで「私に乾杯」だ。このドラマは、「女が、ひとりで、酒を飲む」ことが3本柱になる「ワカコ酒」の韓国版ということなのだが、3本柱をどう処理したのか知りたくなったのだ。