848話 韓国、女のひとり酒 その3


 ひと皿は何人前?


 このドラマは、やはり、筋のあるドラマにしないと番組が成り立たないと考えたようで、普通のドラマに飲食シーンが長めに入るという構成になっている。日本のように、料理のアップと、ただ食べているだけのシーンだけで完結させるというのは、韓国では無理だったのだ。
 ドラマの飲食シーンは13回あって、ひとりの飲食は自宅も入れて7回。半分はひとり酒ではない。しかも、日本人がやるように、「つまみで1杯」ではなく、食事に酒がつくというパターンで、飯が見える。
 朝鮮日報の日本語ニュースを読んでいて、ひとりではもっとも入りにくい店は「民俗料理店」とあったが、これはつまり韓国料理店とか韓国居酒屋ということだろう。どっぷりと韓国文化に染まった場では、ひとりで飲み食いはしたくないということだろう。だから、逆にいえば、外国料理店なら抵抗感が少ないということだ。このドラマの飲食に韓国以外の料理が多いのがそのせいだろう。日本風飲食店ならば、カウンターがあって、ひとりの飲食に抵抗はない。居酒屋、ラーメン屋、うどん屋などカウンターの店なら、ひとの目を気にせずにひとりで飲み食いできる。
 日本料理が多い理由はほかにもある。量の問題だ。韓国ドラマでは、ひとりで食事問題を扱った先輩として「ゴハン行こうよ」がある。
 http://gohan-dvd.jp/
 ひとりで食べ歩くのを趣味にしている男と、離婚によってひとり暮らしになり、しかたなくひとりで食事をしている女の物語だ。彼女は、韓国料理店に文句がある。ひとりで食べることが恥ずかしいといった精神的な問題とは別に、料理の量の問題がある。韓国料理はひとりで飲食することを考えていないので、料理の量が多いとこのドラマの主人公の女は嘆く。1皿注文すると、ひとりだと、もうそれで満腹してしまう。汁を飲んだら、ほかの料理にあまり箸が行かない。だから、ビビンパプのような、日本風にいえば「丼物」か麺類を食べるか、コンビニで弁当かキムパブ(海苔巻)を買って自宅で食べるかしかない。
 この「私に乾杯」では、第2話がそうだった。靴を脱いで床に座るタイプの韓国食堂に行って、「キムチ鍋と豚とキムチの蒸しもの」という同じような料理を注文した。キムチ鍋というのは、白菜キムチの鍋に好みに寄って豆腐や豚肉などを入れたキムチチゲのことだ。「豚とキムチの蒸しもの」は、直訳で誤訳だ。キムチチムというのが韓国語名なのだが。チムは漢字で書けば「蒸」だが、実際は蒸すのではなく煮込み料理をさす。だから、これは「白菜キムチと豚肉の煮物」が正しい訳語になるはずだ。汁が多いか少ないかというだけの違いの、このふたつの料理を注文した謎は解けないが、それはともかく、どちらの料理もひとりで食べるのは多すぎる。しかも、韓国にはミッパンチャンの文化がある。メイン料理のほかにおかずをいくつも出す習慣だ。日本風に言う小皿や小鉢のようなものもあるが、焼き魚や汁物なども出しミッパチャンの種類は多い。4品も5品も、あるいはそれ以上のおかずが注文した料理とは別につく。韓国料理は、皿数と量が勝負なのだ。だから、ひとりの飲み食いはつらい。
 中国料理ではどうか。1皿注文すると、もうそれで1人前以上になるから、いろいろ食べることができないが、店によっては小皿を注文して酒を飲むこともできる。これが西洋料理なら、多くはひと皿をひとりで食べることを前提としているから、ひとりで食事することも可能だ。日本料理でも、鍋物などを除けば、居酒屋ならひとりで3〜4品注文しても食べきれる量だ。量は少なく、しかし料理の種類を増やしたい人向けに「ミニ懐石」というのもある。
 韓国版「深夜食堂」も、ひとりで飲み食いする客が何人も登場する。日本のドラマを基本にしているからではあるが、ひとり客を登場させても、カウンターだけの、1品料理を出す日本式食堂では可能だということで、韓国の食文化が大きく変わりつつあることを表しているような気がする。