849話 韓国、女のひとり酒 その4


 何度でも書くぞ、韓国食文化の話 前編


 韓国では、日本人がやるように器を持ち上げて食べることはしないとか、そういう食べ方は作法知らずとして糾弾されるなどという記述が実に多い。それは韓国食文化のもはや「常識」といっていいほど広まっているのだが、「それは、ちょっと違うぞ」という印象を初めて抱いたのは1980年代なかばに韓国に行った時の観察の結果だった。食堂で、人々が食べている様子を見ていたら、あれまあ、茶碗を持って食べている人がいるぞ。日本でも箸が満足に持てない人もいれば、茶碗を置いたまま、いわゆる「犬食い」といわれる食べ方をする人もあるからなあと思っていたのだが、「韓国では器を持ち上げない」という記述は、しゃくし定規の公式見解にすぎないことがだんだんわかってきた。
 「韓国人も茶碗を持って食べる」という私の仮説を最初に補強したのは、1988年のソウルオリンピック前に数多く放送された韓国紹介番組だった。あれは、「世界ふしぎ発見!」だったと思う。この番組は1986年開始で、ソウルオリンピックは88年。レポーターが韓国人の家庭を訪問し、韓国料理を紹介して、「では、いただきましょう!」と叫んでレポーターも家族もそろって夕食というシーンで、おとうさんは茶碗を手に持って、箸でご飯を食べた。ああ、そういうこともあるんだ。
 その後、韓国映画とドラマ、そして韓国のテレビ局が制作した紀行番組や食文化番組を数多く見て、実に多くの韓国人が茶碗を持って食事をしている光景を見ている。丼に口をつけて汁を飲んでいるシーンも見ている。だから、いままで何度も、「韓国人も場合によっては器を持って食べるぞ」と書いてきたが、私と同じようなことを書いている人はそう多くない。韓国のドラマや映画やバラエティーだけではない。マンガ版の『食客』でも、器を持って食べているシーンがあることを、この雑語林の267話で書いている。
 http://www.ryokojin.co.jp/6f/maekawa/zatugorin211_275.html
 今回取り上げた「私に乾杯」や「深夜食堂」でも、器を左手に持って食事をしているシーンが出てくる。全国の食堂を点検するテレビ番組「韓国善良な食堂」でも同様だ。
 http://datv.jp/p000741/
 韓国の寺院の食事風景を何度か見た。伝統的には、寺院には膳はなく、広い板が床に置いてあるだけだ。食器を床に置いてあるのとほぼ同じ高さだから、器を持たずに食事をするのは難しい。この食事風景は、永平寺の朝食風景とまったく同じで、箸とさじで食べる。
 http://www.suntory-kenko.com/contents/brands/sesamin/gomasyoujin/talk/syokusu.aspx
 1980年代半ばに、ソウルの国立博物館で買った昔の生活がわかる絵葉書を見ると、朝鮮時代の人々は、膳がないときは茶碗などを持って食べていたことがわかる。今でも、膳がなければ器を持って食べる。鍋で煮たラーメンなら、フタを左手に持つのは韓国の常識である。汁が垂れそうなときは、茶碗や皿や小鉢やフタを左手に持つのだ。
 麺類にはサジがつかないことが多い。だから、当然、器に口をつけて汁を飲む。「韓国人は、サジがなければ汁は飲めない、飲まない」というのなら、韓国人はカップ麺は食べないことになるはずだが、もちろんそんなことはない。韓国の食文化に限った話ではもちろんないが、誰かが書いたことを疑いもせずにそのまま書き写す「コピペ人間」が多すぎる。韓国通と思われる人にも多い。「ホントかい?」と疑って、調べ、考えるのが学問である。