大阪の工業高校を卒業した澤田秀雄は、ドイツの大学に留学し、現地で貯めた資金をもとに帰国後H.I.S.を起業した。ドイツでなにをやってカネを作ったのかという話は、活字にもなっているし、テレビのインタビューでも答えている。「日本人をナイトツアーに案内したのです。そのガイド料で、月に数百万円にもなったこともありました」と答えている。旅行業界を多少知っている者なら、「ナイトツアー」ば「売春ツアー」だということはすぐわかる。レストランや「健全な」バーに案内しているだけでは、月に数百万円は稼げない。客ひとりから5000円のKB(キックバック。店からの払戻金)を受ければ、50人で25万円。1万円のKBならひと晩で50万円だ。これに土産物屋のKBも加われば、月に数百万円の収入というのは、けっしてホラではない。
澤田がやったというドイツのナイトツアーの詳細は知らないが、タイの事情ならよく知っている。1990年代の話だ。年末年始に日本人に女を売りまくったあるタイ人ガイドは、そのKBで車を買った。タイでは税金などが高いので、自動車の価格は日本の倍以上もした。安い車でも400万円くらいはしたということだ。ヤツは旧正月の休みに博打ですって、その新車を失った。「車なんか、また買えばいいよ。そのくらいのカネは、ゴールデンウィークにまた稼げるさ」。
ガイドにとって、ナイトツアーは、それくらい稼げるものだった。
空港に到着した男ばかりの日本人団体客がバスで置き屋に行き、その夜を共に過ごす女性を選び、バスに同乗してホテルに向かい、チェックインする。バンコクのホテルで、そういう光景をしばしば目にしている。客が支払ったカネの一部は、日本と現地の旅行社とガイドに払い戻される。旅行業界はそういうシステムになっている。
昨今、中国人旅行者の不作法、お行儀の悪さが指摘されている。中国人旅行者を相手にする中国人旅行業者の悪行はしばしば指摘されている。薬などを法外な値段で旅行者に強要して売りまくる業者の話だ。しかし、「中国人が50人100人と、大型バスで女を買いに行った」という光景写真は見たことはない。同じような行動を、今の中国人団体客もやっているとは知らない(知らないだけかもしれないが)。
バブル時代は、内外の不動産や企業を買いまくった時代でもあった。三菱地所はニューヨークのロックフェラーセンターを買った。かのエンパイアステートビルを買ったのは、無名の日本の女で、ホテルニュージャパンなどで有名な横井英樹の愛人だった。買収後、横井と愛人の間でもめている間に買収に乗り出したのが、ドナルド・トランプだったという話が、ウィキペディアに出ている。ハワイでもオーストラリアでも、ビルやホテルや住宅や別荘を買いまくった。「こんなに高くなっては、私たちが住めなくなった」というハワイやオーストラリアの声がテレビで報じられたが、日本人はバブルで踊っていた。「現地に大金を落としてやってるんじゃないか、ありがたく思え」という感情だっただろう。
1970年代あたりからバブルが崩壊した1990年代初めあたりまでの、日本人と日本企業の行状を多少なりとも知っている日本人は、現在の中国人や中国企業の行状を他人事(「たにんごと」、ではなく、「ひとごと」です。念のため)のように非難したり嘲笑う資格はない。テレビで、中国人観光客の不作法が取り上げられると、日本人観光客が訪れたバブル時代の外国を思う。「カネを持っているというだけの、こんなサルにニコニコしなきゃいけないおのれが情けない」と、ロンドンやパリの、アジア人嫌いのホテルマンやウエイターたちやブランドショップの店員たちは、心に傷を負ったに違いない。中国企業は、まだ帝国ホテルや銀座三越や服部時計店は買収してはいないが、日本人はそれに類することをやってきたのだということは覚えておいたほうがいい。そして、ビルを巨額で買収し、数年後に大損したという事実も。
大金を手にした日本人が、世界でどういう行動をしてきたのか、「愛国心を持て!」と説教をしたがる人たちも、少しはお勉強した方がいい。政治家たちの御乱行も、相当なもんだったそうですよ。