878話 イベリア紀行 2016・秋 第3回


 インドか、それともスリランカ


 インドに行こうかと、ふと思った。最後に行ったのが1978年だから、大昔だ。それ以後、長い間インドに行きたいと思ったことがない。昨年のことだが、ふと「インド!」という国名が頭に浮かび、ちょっと行きたくなりビザ事情を調べてみれば、「外国人はインドに来るな!!」という政策だとわかるほどビザ取得が面倒臭く、しかもその制度は朝令暮改だから、いやがらせとしか思えない。だから、「インドなんかに行ってやるか! アホ!!」という気分になった。「インド様。私はあなたが好きで好きでたまらないのです」という人でもなければ、行く気になれないだろう。幸運にも、私はインド化されていない。マゾでもない。
 今年になって、ビザ・オン・アライバル(到着した空港でビザがとれる)が復活したという噂が耳に入った。それならば、行ってやらないこともない。久しぶりということでもあり、ちょうどグジャラートの食文化にちょっと興味を持ったことでもあり、そのついでにラージャスターンにまた行こうか・・・などと考え始めた。
 北西インドの交通事情を調べたり、さまざまな映像を見て、資料を読んでいるうちに、かつてのインド旅行の面倒臭さや煩わしさがフラッシュバックした。インドが好きな友人たちは、「大都市は確かに街も人もうるさいが、農村に行ったら、こんなにいいところがあったのかと感動するぜ」などというのだが、農村に行くまでの工程が煩わしいし、そもそも農村に興味はないのだ。インドを旅している人は、インド人が好きなのだろうか。好きなら、旅行記にインド人との会話がもっと出てきて良さそうなものだが。
 1973年に、初めてのインドに行き、その帰路初めてのタイに行った。「ああ、こんな楽な国があったのだ」と、タイに感動した。私をひとりにしてくれる国だ。誰も話しかけてこない国。市場に行っても、売り手たちに取り囲まれることもない。それ以来、私を放っておいてくれる東・東南アジアの文化に安堵し、インドとは距離を置くようになった。まあ、そのあと2度インドに行っているんだけどね。
 インドのめしは魅力的だが、毎日怒鳴っているような旅はしたくない。日々平穏、毎日を心地良く、静かに過ごしたいと思うと、インド旅行案は否決された。
インド旅行案をやめたからというわけではないが、長年気になっていたスリランカ案が急きょ浮上してきた。スリランカの本はいままでに10冊も読んでいないので、スリランカ関連本を適当に選んでアマゾンに注文した。新刊書店に行っても、スリランカの本などガイドブックくらいしか手に入らない。スリランカの旅行事情はまったく知らないので、『地球の歩き方 スリランカ』を買ってきて、ざっと読んだ。それでわかったことはふたつ。ホテル代が2年前に行ったスペインとあまり変わらないのだ。こんなにホテル代が高いのは、需要に対して供給が少ないからだろう。観光客が少ないので、ホテル代を安くする必要がないのだ。
 ガイドブックなど資料を読んでわかったもうひとつのことは、遺跡と紅茶に興味がないから、3日で飽きるだろうと思った。鉄道の旅をしても、好奇心は3日しかもたない。スリランカ案を検討する10日間ほどの調査で、スリランカには「よーし、行くぞ!」と私を刺激するものがほとんどないことがわかった。これで、スリランカ案は消えた。アジアへの旅行案も消えた。